獅子の町
田中修子

けだものだったころが、もうあんなに遠く
淡い水色を地に、薄紅色の薔薇柄の薄いカーテンが
夏の終わりの風に
パタパタ揺らめいていて ベージュのソファがあり
包帯
外の桜の木の緑が、盛りだけれど赤く燃え上がっていくのが

淡い瞼の、うすうい虹色のスパングルの
きらめきが満ちている沼のなかに
滑り込んでいくように 鱗になって皮膚に纏わりつき
あらゆるものを閉じて、血が止まるから
もっとつよく 太古の魚に変化する前に
脚を蹴ることができる
心底に辿り着き

町だ
春でもないのに蓮華の花が降りそそぎ、落ちては地に綯いまじり
塩山を繰りぬいて、ランプを灯している盆地の町だ
星の街灯が立ち並んでいるでしょう
青い夕暮れになると、塩の結晶に橙の炎が反射して、窓や扉から光が漏れ出て
大広場ではチュチュを身にまとった若いバレリーナたちが五人
楽隊を後ろに
軽やかに トトトトトッ つま先で走り 高く飛び
着地に失敗し、骨折の音が響きわたる
バレリーナは体をおりこみ丸まって動かない
トゥ・シューズのリボンは
細い突風にほどけて何枚もにばらけて
やわらかに、お別れの船のリボンのように
絡まって
ほかの四人をくくっていく
四肢がそうっと
引き裂かれ 澄んだ塩になって崩れて 溶けていった

美しい結晶

幾人かの町人が拍手を送った
たった一人の旅人は その幻惑の舞台に ため息をつき
瓶の琥珀色の液体を煽って それは 蜂蜜

町人は待ち人で、永遠に到着を待っていて

淡い薔薇柄の布をまとわりつかせながら
けだものが町を走り抜けた

あとには空っぽの瓶がころがっている


自由詩 獅子の町 Copyright 田中修子 2020-09-30 03:44:40縦
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