ひだかたけし

蝉がひっくり返り動かなくなっていた
マンションエレベータ前のコンクリート床の上で
僕は危うく踏みつけるところだった
何もこんな殺風景な所で死ななくても
僕はそう思いながら摘まみ上げようとした
[バカが!いずれ踏み潰されちまうぞ]

けれど手を伸ばし掴もうとした瞬間
蝉がクルッと反転し
黒く丸い複眼で無表情に僕を威嚇した
深い沈黙のうち
毅然とした一つの個体生命の唸りが聴こえた

僕と蝉はその場で対峙したまま
僕は瀕死の蝉となり
蝉は独りの僕となった

その瞬間

蝉は激しい勢いで飛び立ち
陽光を浴びたマンションの白い外壁に衝突し
落下していった

唖然と我に返った僕を取り残したまま










自由詩Copyright ひだかたけし 2020-09-18 21:17:08
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