森宇宙(改訂)
ひだかたけし

言葉
宇を身籠もり
身籠もる言葉は
響く声また声の渦
何かが何かが ウマレテイル

  〇

夏の炎天下の縁側で
西瓜を食べている
兄と弟、汗流し
その頃青大将たちは
群れをなし
裏道横切る
平然と

)舞い舞い舞い
)渇き渇き渇き
)刻む刻む刻む
)記憶の砂漠を
)さぁらさら

蛇の道の向こうには
大きな森があり
兄は夏休みに入ると
弟をそこへ連れていった
未だ薄暗い朝方から
蛇が石垣の隙間の穴で
眠っているその間に

)舞う舞う舞う
)飢え飢え飢え
)刻め刻め刻め
)記憶の砂漠を
)じゃあららら

六歳年上の兄は
四歳の弟にとって
優しくも絶対的な
父であり先導者で
薄暗い森を
下草掻き分け進む兄の背を
必死に追い掛けながら
この森は兄ちゃんの森だと
弟は誇らしげに思った

)舞い舞い舞い
)渇き渇き渇き
)刻む刻む刻む
)記憶の砂漠を
)さぁらさら

兄はふっと
一本の大木の前に立ち止まる
[いいか、たけし、
あの節くれ立った処に大量の樹液が出て
奴らはみんなあそこに集まってるんだ]
兄はそう言いながら左足裏で
大木の幹を
物凄い勢いで蹴り始める
何度も何度も蹴り続ける

)舞う舞う舞う
)飢え飢え飢え
)刻め刻め刻め
)記憶の砂漠を
)じゃあららら

落ちて来る落ち来る
何匹もの昆虫が
下草の上に仰向けで
盛んに脚を動かして
兄は素早くその一匹を掴み
弟の眼前に突き出し言い放つ
[これがノコギリクワガタだ]
弟は驚き興奮しながら
そのイキモノに目を凝らす

)舞い舞い舞い
)渇き渇き渇き
)刻む刻む刻む
)記憶の砂漠を
)さぁらさら

黒光りしたそのイキモノは
長い鋸状の二本の角を
カシカシカシカシ交差させ
六本の脚を
粘り着くように動かし続ける
その圧倒的で精巧な存在感に
たけしはもう震えが止まらない

[の こ ぎ り く わ が た
 これが ノコギリクワガタだ!]

ナニカガ ノウリニ キザマレタ

  〇

言葉
声を身籠もり
身籠もる言葉は
響く宇宙また宙宇の渦
何かを何かを今の今も
ウミダシテイル ウマレテイル








自由詩 森宇宙(改訂) Copyright ひだかたけし 2020-09-05 20:20:59縦
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