桜姫
田中修子

ふわりとしたエメラルドグリーンのワンピースが
雨上がりで蒸し暑い灰色の 川辺に映え 道化師が
その様子を写した
ワンピースに茶色の髪の毛が、あんまり優しく垂れさがっていたので。

たくさんの人魚姫たちが、とってもうつくしいシッポをうねらせて
このとこ、しずかになった、夜の街の、夜の道を泳いでいる。

(蝋燭を作りましょうね、おじいさまとおばあさまのために。)
村が亡んで、雪が降った。

ときに縄師は、陶然と縄酔いした客を犯し
界隈は嬌声かまびすしいことこの上なしだね
赤・黒・白、吸ってきた汗やら何やら、黴のにおいがするんじゃねえの
遊郭は画一的なビルディングのまちにこそ出現し
逃げるおんな赤襦袢
うろこの剥げ落ちた なよやかな白い足うらに目を打たれ
いまは怨霊と化した刺青師は
どこかに隠れて、さらう日を待ち構えているのだから
こんなところにいるのはよさないか?

だってさ、もっともっと雪が降り積もってくるよ
あの日降りはじめて、止むこともなく
冷たいとか寒いとかそんなものもある日、ふつっと途切れて そのまんま
人をやめて、人魚になったね
スノウ・ランタンの灯かりに照らされる、青い唇で。

重い灰の雲のきれまに、薄い水灰色の空が覗く、
ま白い傘をさす彼女、藻に銀の蠅がたかっている水面を覗いていて、
「絵になるな」
と道化師が呟く
ぬるくなったノンアルコール・ビールがまとわりつきながら
胃の腑に落ちていく。

川底には、ひとを愛しきれず泡にもなり切れなかった
こわされた人魚姫たちの死骸が重なっているから
一緒に踏み入って、死骸から鱗をちぎりとってやろうか。

こんなになってもまだ、人になるのがあの子らの想望ぞ。

剥いで剥いで、清めの塩みたいに投げたら、空に青金がひろがって
あなたは耐えきれずに、桜の花びらになってくずれていった。


自由詩 桜姫 Copyright 田中修子 2020-08-13 00:31:55縦
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