夏の囚われ人
ただのみきや

蝶の行方

レモン水の氷が鳴った
白い帽子に閉じ込めた
蝶はどこへいったのか

太陽が真っすぐ降る
眩い断頭台から眺めていた
あの蝶の行方

自殺した詩人
現実を消去して残した虚構から
押し花のように抜け出して

初めてキスした人に
初めて殴られた少女の
鈍色のくちびるを掠めて染まった

途切れることのない「今」という
意識の連続を縫うように
火のように閃めきながら

蝸牛の入れ墨を越え
一斉に森が羽ばたく季節の手前
雨に串刺しにされた手紙のように

花嫁のベールは枯れ
喪に服す言葉の影法師たち
鼓膜から溺れて往く

上澄みの変ホ長調
水底の拍手音
結びほどける翅 翅 翅……

レモン水の氷は消えた
わたしを閉じ込めた
あの夏は何処へも往けはない





秋桜

有無を言わせず風は強まり
濃いも薄いも純白も みな
いっせいにうなじを向ける
なよやかに踏みとどまって





小鳥とわたし

グラウンドを囲んだ高いネットで
雀たちは戯れる
たやすく止まりくぐり抜け
風によく似た遊び 囀りを交わしながら

泳いだことのない空の深さに溺れ
不可視の網を越えられず
囀ることは理屈ばかり
この胸にいくつ小鳥を埋めただろう

グラウンドを囲む高いネットで
雀たちが戯れる
素早く下りてまた上りあの風の
端っこに わたしは触れるだけ





一度が全て

顔は来客用のお皿
心は焦げ付いたフライパン
視線は迷い込んだ蜂
薄緑のカーテンに浮かんだ
風の模様に縋りつく

折り畳んだまま
長らく重石を乗せていた
悲しみも熟成してしっとり
匂うだけ 言葉はない
――思う壺
だが いったい誰の?

ある日のキス
幼児が頬を食むような
無垢すぎて
容易たやすく芯まで深くなる
一瞬が永遠であるように
それが一生だった

身を巻き寄せて花ひらく
朝顔の性 だが
萎んだ内にひらいた夢
原型を慕い絡まる蔓の 文脈は
答えのない謎々を含むのか
隠喩的な仕草で



              《2020年8月9日》










自由詩 夏の囚われ人 Copyright ただのみきや 2020-08-09 14:06:14
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