イザベラのこと 3
ジム・プリマス

 イザベラは最初から、僕の外見ではなく内面を見てくれたのだと思う。要領が悪くて損ばかりしている僕の人の良いところや、外見からは分かりにくい、子供じみている傷つきやすい純粋なままの精神とか、他人には伝わりにくい優しさとか、普段は独りよがりで卑屈でシニカルな態度で隠している、僕の内面を見抜いていたのだと思う。
 イザベラを前にした僕ときたらまったくダメダメで、母親を亡くして彼女が泣いている時も、ハグしてあげたかったけど、肩に手をかけるくらいが精一杯で、日本人的遠慮が働いていたのだけど、そのことにも彼女が気づいていたことを僕は後で知った。後で日本人男性には、ハグをしてあげたくても、ハグをして欲しくても、どちらも我慢していると、彼女が自分で言ったからだ。
 普段のイザベラは文字どおり天使みたいな女の子だった。陰ひなたなく、他人が困っていれは必ず、ほっておかずに、手を差し伸べるし、ゴミが落ちていると必ず片づけるし、一度なんか、彼女と一緒に寮の食堂で二人で食事をしているとき、大学のアメリカ人の英語教師が一人でポツンと座っているのを見た彼女は、一人で食事をするのは良くないと言って、自分のテーブルに初対面のその男性を招いた。そういうことが自然にそつなく出来る女の子だった。
 善意の固まりのようなイザベラから見ると、無意味に、ある意味、無残に見えたのだろう、中国人たちが儀礼的に贈り物を、贈りあうのを見て「あんなのは本当の友情じゃない。」とよく言っていた。そのあとで僕の顔を見ながら「貴方は本当の友達だから。」と言ってくれるのが常だった。


散文(批評随筆小説等) イザベラのこと 3 Copyright ジム・プリマス 2020-08-07 13:55:25
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