丹後ちりめん
ガト

去年の夏
海沿いの古い集落の
小さな宿に泊まった
窓から見えた自販機だけが
灯りらしい灯りで
ジュースを買いに出たとき
本当の夜を知った
すぐ近くなのに
宿の灯りが届かない
夜がこんなに暗いとは
鼻先まで闇が近づいて
目の前すら見えない
ふと見ると
ほんのかすかな月明かりの向こうで
何かが光っていた
古い家屋の物干しにかけられた
白い浴衣
風に揺れるそれは
濃い闇の中でぼんやり浮かび
舞っているように見えた
なぜかとても懐かしく悲しく
美しい幽霊
あんな幻想的な光景を見たことが無い
背中まで冷たい汗をかいて
しばらくその姿を見ていた
次の朝
海に行こうとその道を通ったら
幽霊が干してあった場所は
見渡す限りの田んぼで
家すら
どこにも見当たらなかった


自由詩 丹後ちりめん Copyright ガト 2020-08-07 02:56:32
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