恵みと恵まれない日々
こたきひろし

田んぼからは主食の米が
畑からは野菜 そして米以外の穀物

片田舎の農地
猫の額程の土地って表現しか浮かばない

山際に沿ってへばりつくように農家は点在し
それぞれが貧相な佇まいだった
僅かな田んぼと畑を分けあいながら
人間が土地に必死にしがみつくように暮らしていた


低い地面を川が流れていた
中央を切り裂くみたいに県道が通り抜けていた

家族は八人
祖母と両親と五人の子供
皮肉な事に辺りには大家族の家が多く存在した

まだテレビはなかった
あったのはラジオ
娯楽の乏しい時代

貧困の中での楽しみ
家族計画はないがしろにされたに違いなかった

その生活は殆どが自給自足
現金の収入はあったのか
なかったのか
栄養は偏ったものになって大人も子供も皆痩せていた

昭和三十年だった
私が産まれたのはその年の二月

勿論記憶は何もない
痛くも痒くもない

私は生後三年近くまで立って歩き出さなかったらしい
ずっとはいはいのままだったらしい
なのに
両親は一度も医者に見せたりしてもいなかったらしい

それはなにゆえに
答えを私は一度も両親に聞く事をゆるされなかった

三歳になって私は突然自立歩行を始めたらしい
奇跡が起きたらしい
自分でもなぜそうなったか
何も分からない

父親の葬儀の日に
叔母から聞かされて初めて事の事実を知った
「あんたの父ちゃんは酷いんだよ。あんたの事一度だって病院に連れていかなかったんだからさ」

私はそれを半信半疑に黙って聞いていたが、私の足が先天的に欠陥なのは紛れもない事実だった。それをイヤと言うほどに実感してもいた。その長年の謎がいっぺんに解かれたのだった。
しかし今さら葬式の日にそんな話を持ち出してきた叔母を非常識と恨んだのは言うまでもなかった

自宅葬だった 見上げると
生家の上の空はいちめん青くて
怖いくらい静まり返っていた


自由詩 恵みと恵まれない日々 Copyright こたきひろし 2020-08-02 00:19:09
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