始業の鐘
道草次郎

営農センターの方から多くの桃が北側の倉庫に運ばれて来ていた。
フォークリフトの爪が木製のパレットに引っ掛かかる時に出す苦しげな音が梅雨明けの北信地方に反響し、鉄で出来た軌条レールのような態度を四方に要求する。
空は朧気に白みがかり、妖しい索敵を思わせる湿潤な西風は濃緑な林檎畑を抜けトタン屋根の物置小屋へと辿り着こうしている。
放置された早生ワッサーが虚しく机に転がり、その上には幾匹もの小蠅が音もなく乱舞をしていた。
橙や紫、黄緑などの色とりどりの農業用コンテナを堆く詰んだ軽トラックが倉庫脇の隘路を溜息まじりに通って行く。
中空の何処からかサイレンが鳴り響く。
すると、制服に顔をうずめたいかり肩の人の群れが大型冷蔵庫の中から溢れ出して来る。
鉛で出来たような意志を隠そうともせず、迂闊さや些細な不幸というものには一切関心を示さない彼等は、時候の挨拶の如き強さを持ち、確固な一個の歯車として周到に体勢を整えつつあるのだった。
赤い屋根という名前の直売所から緋色のエプロンをした二人の女性販売員が姿を現すと、店先に屯していた鳩達がデジャヴのように一斉に飛び立つ。
斜向かいの鍍金工場の煙突からは気化した有毒物が排出され、糜爛した大気を醸成し始めている。
その向こうでは登校途中の小学生が蟻の行列のように歩道を占拠している。
今にも消え入りそうな希薄な雲がひと塊ずつ静かに空を動いてゆくと、はじまりの、始業のベルが鳴る。






散文(批評随筆小説等) 始業の鐘 Copyright 道草次郎 2020-07-30 21:26:41
notebook Home 戻る  過去 未来