二階の兄
墨晶

 
          掌編

両親たちがまた罵り合っている 
このふたりはもう向き合う事がないのに 
まだ一緒にいる 
おそらくどちらか先に死ぬまで罵り合うのだろう 
肉親が優しかったことなんて 
なかったな 
あたしは夕飯を食べると二階にあがった 
隣のお兄さんの部屋を覗く 
あたしのお兄さんは 
相変わらず壁の方を向いて寝ている 
あたしがお兄さんの部屋に来る様になったのはいつだっただろう 
お兄さんは昔からずっと壁を向いて寝ているので 
あたしは顔を未だに見たことがない 
でも時々あたしの話を聞いて貰っているのだ 
お兄さんは返事をしてくれないけれど 
黙ってあたしの話を聞いてくれる唯一の家族だ 
あたし達の親達のことや 学校であった嫌なことや 
読んだ本のことや 

 ところで あたし 本当にもう色々なことが嫌になったの 
 お兄さん どうしたら良いかしらねえ 

あたしはお兄さんの後ろ頭を見ていた 
すると片耳の孔から白い細長い棒の様なものがスルスル上に向って伸びてきた 
そしてその先端に ぽっと焰が点った 
蠟燭だわ でも どうして? 
あたしは暫くその焰を見てぼうっとしていたら 
今日があたしの誕生日だと云うことを思い出した 
お兄さん 祝ってくれるのね あたしですら忘れていた誕生日 
あたしはその蠟燭を貰うことにした 
蠟燭の焰は暖かかった 
あたしは暫く声を出さず お兄さんの傍で泣いた 
泣きながらゆらゆら揺れる焰を見ていたのだけれど 
はっと あたしは 理解してしまった 

 お兄さん? 

あたしは焰を吹き消しお兄さんの部屋をふらふら出た 

 わかったわ お兄さん 

自分の部屋に入ると あたしは鞄を押し入れから出した 

そしてあたしは家を出てきたのだ 



  ♰ ♰ ♰



すべて 本当に遠い昔の話になってしまったけれど 
まだあたしはお兄さんから貰った蠟燭を大事にずっと持っている 
時々焰を点して 燃えあがるあたしが住んでいたあの家のことを思い出す 
お兄さん ありがとう 
あたしあれからずっと独りですけど 
ちゃんとやっています 


                    了


散文(批評随筆小説等) 二階の兄 Copyright 墨晶 2020-06-29 01:09:16
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