恋昇り10「雨の夜」
トビラ

昨日は、みんなで話し合って、ちょっと仲よくなれた気がする。
そう思う、朝、連座君から声がかかる。

連座君の部屋に行くと、菜良雲君が先に来ていて、山藍さんが後から来る。
みんな、表情がどこかやわらかい。
私はなんとなく「おはよう」と言う。
みんな少し笑って「おはよう」と返してくれる。

連座君が口を開く。
「今日から一ノ世との合流を最優先したいと思う」
私と山藍さんは内心驚く。
「方法は?」
菜良雲君が連座君に訊く。
「方法というか、現状は、手がかりがあまりになさ過ぎる。だから、みんなの知恵を借りたいと思う」
「ちょっといいかな」
私も口を開く。
みんなが私を見る。
「私、気になることが何個かあるんだ」
「気になること……?」
山藍さんの言葉に、私は答える。
「うん。山藍さん、今は、星の視座でこのあたり全体を探れるんだよね」
「範囲を広くすると、細かい情報は拾えなくなるけど」
「それで、このあたりに妨害電波みたいなのはないんだよね?」
「うん。それらしいものは感じないかな」
「今から試したいことがあるんだけど、いい?」
「いいよ」
「ありがとう。じゃあ、まず星の視座をなるべく広く展開してもらえる?」
「うん、わかった」
山藍さんを中心に、十二個の星が部屋いっぱいに広がる。
「いいよ」
「うん。今の感じ覚えていて」
山藍さんは頷く。
「まず、みんなとの通信を開くね」

『どう、何か星に変化はあった?』
『ううん。今のところ何も」
『じゃあ、これから一ノ世君に通信を通してみるね』

「あっ、ある。変化あるよ。これなんだろう? 感覚的な言い方だけど、榛名さんから伸びていく線が、この場所で弾かれてるって言ったらいいのかな」
「場所はわかる?」
連座君が素早く地図を広げる。
山藍さんは指差す。
「この辺だと思う」
連座君はさらに詳しく調べる。
「ああ、たぶん、ここだな」
連座君がパソコンの画面を開いて、私たちに見せてくれる。

〈ホテル・マナセ〉

「雨降り街で一番のホテルだよ。一番の、高級ホテル。一ノ世は、おそらくここにいる」
「捕まってんのか……?」
菜良雲君がもらす。
連座君が答える。
「その可能性が高い。山藍さん、この場所の推定危険度は測れるかな?」
「やってみる」

ふう、と息を吐いて山藍さんは言う。
「攻略危険度、難易度、ともにA+以上。私はそうだと思う。ただ、ごめんね。正確にはわからない。これだけのものを測ったのは、はじめてだから」
「Sもありえる?」
連座君の質問に、山藍さんは頷く。
連座君の表情が険しくなっていく。
「あまりにも戦力がたりない。たぶん、相手は場所が割れるのも承知の上なんだと思う。ということは、ホテル・マナセは難攻不落の要塞だと思っていい。はっきり言って、そこに忍びこむのに向く人がいない。正面突破はまず無理だな。考えない方がいい」
「打つ手なし、か?」
菜良雲君が訊く。
「現有戦力での一ノ世の救出は不可能だ」
私は、連座君のその言葉に落ち込んてしまう。
「打つ手がないってわけじゃない?」
山藍さんが声を上げる。
「現有戦力で無理なら、戦力を補えばいい。実は、救援要請と増援要請を送っていたんだ。救援要請の方は即時却下されたけど、増援要請の方は、保留検討になっている」
「じゃあ、増援が来るの待つか?」
「増援は来るかどうかわからない。俺もはじめはすぐに増援が来ると思ってた。でも、まだ増援は来てないと思う。だから、あてにしてはいられない。一ノ世の居場所がわかっただけでも、前進だ。今は、俺たちだけで出来ることを探そう」
みんな頷く。

「もう一つ、気になったことがあるんだ」
私の言葉にみんなが耳をすませる。
「私が『買い出し』に行ったとき、奇妙なほど気になるところがないって、話ししたよね」
みんな頷く。
「私が回ったのは、九理の華区の一理だけだった。
これって、一理だけのことかな?」
「他の、例えば、五理とか八理もおんなじように、なんだろ、不自然に違和感がないかもしれない?ということ?」
山藍さんの質問に私は頷く。
「足を使って調べるか……」
菜良雲君の言葉に私は頷く。
「私と山藍さんで、一理から九理までを回って、たしかめたいと思う」
私の言葉に、みんな考えをめぐらせる。
そういうように黙る。

「安全性という点では、私と榛名さんの二人なら大丈夫だと思う。私が常に星を展開していれば、大きな危険ほど避けられると思う」
山藍さんは私の背中を押してくれる。
「俺としてはお願いしたいな」
連座君も意見に賛同してくれる。
「山藍さんと榛名か……。ナンパが心配だな」
菜良雲君はくだらない軽口を言ってくれる。
「菜良雲君、私と榛名さんがそのあたりのつまんない男にひっかかると思う?」
「それは、ないな」
「いらない心配だよ」
私はつけ加える。
「ああ、だな」
そう言って、菜良雲君は納得したように笑う。


午前十時。
私と山藍さんは、準備を整えて、ホテルを出る。

空は強烈な晴れ。
熱気が街を覆って、私たちは蒸し上げられるよう。

「じゃあ、行こうか」
山藍さんは、そう言って、すらっと伸びた足を外へ向ける。

一理はやっぱり奇妙なほどに気にかかるところがない。
「気味が悪いね」
山藍さんの言葉に頷く。

二理。
二理は一理とは違って、雑多な街の雰囲気がある。
ここは、普通に気持ちが悪い。
「ここは普通だね」
山藍さんの言葉に頷く。

三理。
三理も奇妙なほど気にかかることがない。
山藍さんは黙る。
私も黙る。
黙って考えをめぐらせる。

三理を回ったところで、夕方になる。
連座君と連絡をとって、今日はここで切りあげることにする。


「奇妙だな。一理と三理は気にかかるところが不自然に無くて、二理は自然な雑多さがある」
私と山藍さんは頷く。
「連座君、違和感があるかないかだけ分かればいい?。その判断だけなら、明日一日で、九理まで回りきれると思う」
「それで大丈夫。任せたよ」
「任された」
私と山藍さんは笑って言う。


午前六時。
空は厚い雲。
曇り。
雨の気配もある。
「さて、今日も行ってきますか」
山藍さんは振り返って言う。

四理。
ここは普通の街。

五理。
ここはまた気味が悪いほどに気にかかるところがない。

六理。
ここも気にかかるところがない。

お昼。
ご飯を食べて、みんなと通信をつなぐ。
『これは、俺でもわかるな。痕跡を消されてるだろ』
『あとは、誰が、なんのために、何を消したのか?、だよね』
『榛名さんとも話したんだけど、これ、一ノ世君が何か残していったのを、消されていったんじゃないのかな?」
『その可能性は高いね。榛名さんと山藍さんの二人には、このまま九理まで調べてほしい』
『わかった。そっちはどう?』
『ん? うん。冷房も効いてるし、快適だよ。これから雨も降るかもしれないみたいだから、外は気をつけて』
『まあ、そっちは菜良雲君もいるから平気だね』
『そうだぜ、山藍さん。今度は俺と一緒に行こうよ』
ここで通信を切る。
「今、菜良雲君、きっと『くぅー』って言ってるね」
「言わせておけばいいよ」
そう言って私たちは笑う。

七理。
七理は普通。

八理。
ハ理に向かう路面電車の中で雨が降ってくる。
ハ理は痕跡が消されている。

九理。
夜九時。
九理は普通。

結局、痕跡を消されていたのは、一理、三理、五理、六理、八理。

夜十時。
ホテルへの帰り道。
雨脚が強くなっていく。
ホテルまで後、ほんの少し。
コンビニが、ぽおっと、光ってる。
「エナちゃん、私、ちょっとコンビニに寄って行くね。何かほしいものある?」
「バニラアイス食べたい」
「じゃあ、みんなの分も買っていくね」
エナちゃんと手を振り合って、私はコンビニに入る。

かろやかなチャイムを鳴らし自動ドアが開く。
コンビニの中は特に音楽も流れてなくて、雨音が響く。
みんなのアイスを一つ一つ選んで、レジに持っていく。
それにしても、一体、なんの痕跡が消されていたんだろう?
連座君なら、わかるだろうか?
私としても一つ予想はある。
それを話し合ってみよう。

会計をすませ、にこやかな店員さんとふと目が合う。
思うより先に、言葉が出る。

「あなた【密】の人ですよね?」

「素晴らしい」
そう言って、店員さん、いや、店員さんだった人は笑う。
そこには、もうにこやかなコンビニの店員さんはいない。
私が今まで会ったことのない、異質な雰囲気を放つ誰かがいるだけだ。



続く


散文(批評随筆小説等) 恋昇り10「雨の夜」 Copyright トビラ 2020-05-27 06:07:15
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