恋昇り9「みんなの思い、私の思い、一つの思い」
トビラ

昼の三時。

連座の部屋に四人で集まる。
今日は山藍さんがお茶を淹れてくれる。

「昨日、榛名さんと少し話したんだけど、赤い棘鎮圧について、みんなの思いや考えを聞きたい」
まず菜良雲が口を開く。
「俺はやれと言われればやるし、やるなと言われれば、やらねー。どっちでも対応できるぜ」
「菜良雲の気持ちとしては、どう思う? 」
珍しく、連座が気持ちの話しをする。
「気持ち? いや、まあ、無駄に戦闘するより、回避できるなら、それに越したことはねーよ」
それはちょっと意外。
菜良雲は戦いたいんだと思ってた。
思いきって言葉にしてみる。
私の思いを。
「菜良雲君は戦いたいんだって思った」
「うーん。まあ、戦うこと自体に抵抗はねーよ。ただ、武装勢力の鎮圧だろ? うまくやってもたぶん死人が出る。相手方に。こっちだって、無傷ではいかないかもしんねーし。いらん危険を背負う必要もねーのかな?とは思うよ。それでも、やる必要があるならやるけど」
連座が掘り下げるように訊く。
「赤い棘の鎮圧には危険が大きい。もしかしたら、菜良雲の手に負えない奴との戦闘もあるかもしれない。それでも、やってくれるか?」
「それがみんなのために必要なら、やるよ」
「わかった。ありがとう」
連座は、ありがとう、と言う。
「おう」
と菜良雲は応える。

「次に、山藍さんに聞きたい。赤い棘鎮圧について、どう思うかな?」
山藍さんは、少しふうと息をはいて答える。
「私はね。そうだな、今は、みんなで一緒に帰りたいと思ってる。ここにいるみんなと。もちろん、一ノ世君もふくめて。そのために赤い棘を鎮圧する必要があるなら、したいと思う」
「山藍さんは、赤い棘の本拠地を割り出してくれたんだよね?」
山藍さんは、頷く。
「感触としては、どう? 俺たちの手に負えそう?」
「まず、みんなに赤い棘の本拠地の説明をするね」
みんな頷く。
「赤い棘の本拠地は、郊外にある食肉加工工場。ほぼ間違いなく、ここだと思う。ちょっと調べてみたけど、この工場、お肉が卸されてないんだ。どこからも食肉の仕入れがない。それでも、一応表向きは、稼働している」
「食肉の仕入れがないのに、表向きは稼働しているか……。ただのペーパー工場? そういうことだといいけど」
連座はそれ以上、可能性を広げなかった。
もし、食肉を仕入れずに、肉を加工していたら、それはなんの肉だろう?
誰かもそのことには、触れなかった。
それはただの可能性の話だ。
「たぶん、この工場を含めて、赤い棘を潰すのは、そんなに難しいことじゃないと思う」
みんな頷く。
山藍さんは続ける。
「でも、それは、この工場を潰して任務完遂。そういうことだったら、という話だと思う。『スポンサー』がほぼ間違いなく控えているなら、赤い棘の鎮圧は、藪蛇になりかねないんじゃないかな?」
「鎮圧は割に合わないと思う?」
山藍さんは、頷いて答える。
「そう思う。現状を見たとき、赤い棘の鎮圧は、手が出しやすい選択だとは思う。他に何をしたらいいかわからないし。とりあえず、出来ることからしていこうという考えは間違ってないと思う。でもね、だからといって、必要のない危険は、背負いたくないというのが本音。してくれと言われれば、しないこともないけど、本当のことを言えばしたくない。赤い棘の鎮圧が、みんなが無事に帰ることにちゃんとつながるなら、したいと思う。うん、そうだね。話してて思った。私は、みんなで無事に帰れるためのことしかしたくない」
「正直な気持ちを話してくれてありがとう」
連座はまた、ありがとう、と言う。
「きつい言い方で、ごめんね」
山藍さんは、そう応える。

「最後に、榛名さんの話しも聞きたい」
「私は……、そうだな。山藍さんと一緒で、みんなで無事に帰りたいと思ってる。そのためには、ときに危険な選択もしないとかもしれない。でも、うん、やっぱり危険は少ない方がいい」
「赤い棘の鎮圧は危険だと思う?」
「うん。そう思う」
「ありがとう」
連座はやっばり、ありがとうと言う。
「どういたしまして」
私は、そう応える。

連座が話し始める。
「そうだな……。俺もさ。やつばりみんなで無事に帰りたいと思ってる。もちろん、一ノ世も含めて。みんなの話しを聞いて、それはみんな一緒なんだとわかった」
みんな頷く。
「赤い棘を潰すという話は、任務の一つが、武装勢力の鎮圧だからで、その上で、このあたりの武装勢力の中で一番それらしいところを選んだというだけなんだ。そうやって言葉にすると、短絡的だな、と思う。今ある情報だけでも、総合して考えると、赤い棘にはやっぱりどこか『スポンサー』がついてると思う。そして、それはおそらく俺たちの手に負えない。俺は、とりあえず任務を完了させることが、みんなで無事に帰ることになると思っていた。でも、それは、間違っていたかもしれない。みんなの話しをよく聞いて、そう思った。すまない。みんなを必要のない危険にさらすところだった」
連座はそう言って、頭を下げる。
菜良雲が口を開く。
「俺は、ここに来てから、ずっと連座に丸投げしてた。すまん」
そう言って、菜良雲も頭を下げる。
山藍さんも言う。
「私は、みんなのこと、あんまり信じられてなかった。ごめんなさい」
山藍さんも、頭を下げる。
次は、私の番。
「私は、みんなに謝らない。だって、私は私に出来ることを精一杯したと思うから。そして、それは、みんなも一緒だと思う。ううん。みんな、自分に出来ること以上のことをしていたと思う。だからさ、謝り合うなんて、やめよう。みんな一生懸命した。もう、それでいいんじゃないかな」
みんな顔を上げる。
「連座君だって、こうやってみんなの話しを聞いてくれた。もう、赤い棘の鎮圧はすぐにはしないんでしょう?」
連座は頷く。
「菜良雲君だって、菜良雲君に出来ることは精一杯していたでしょう?」
「ああ」
と、菜良雲は応えてくれるる。
「山藍さん、私もおんなじだよ。みんなのことちゃんと見てなかった。わかってなかった。だからさ、これから、ちゃんとわかっていこう」
「うん」
と、山藍さんは笑ってくれる。
「きっと、一ノ世君もどこかで、私たちのために動いてくれてる。だからさ、私も、私たちもみんなでこの任務をやり遂げよう。それで、みんなで笑って帰ろう」
みんな頷いてくれる。

連座は大きく息をはいて、静かに言う。
「こらからの方針なんだけど、安全性を最優先させたいと思う」
みんな頷く。
「そのためには、二つのことをする必要があると思う。一つは、安全な拠点の確保。この場所にこだわらす、安全な場所を探そう。もう一つは一ノ世との合流。これはどこから手をつけたらいいか見当がつかないけど、一ノ世との合流は、やっぱり今後の鍵になると思う。俺としては、こう思うけど、どうかな?」
「いいと思う。俺にはそれ以上のことは思いつかない」
菜良雲はフッと笑って言う。
「私としては、……まず安全な場所の確保を優先したい。いつも、気を張ってないといけないのは、わたしもきついし、たぶん誰にとってもよくないと思う」
山藍さんが気持ちをはっきり言葉にする。
本当は一ノ世君との合流を優先させたいんだと思う。
でも、それを無理に推し進めるより、安全な場所の確保を選んだんだと思う。
それに、安全な場所を確保すれば、腰を据えて、一ノ世君を探すこともできる。
私は。
私はどうだろう?
「私は、基本的にその二つを優先させていいと思う。でも、なんていうのかな。うまく言葉にできないんだけど、それ以外にできることがあるように感じて……」
私の言葉に、連座が応えてくれる。
「それなら、榛名さんは榛名さんでその可能性を探ってほしい。それはたぶん、俺には思いつかない第三の選択肢だと思うから」
「私もできることは、するよ」
連座は頷いて言う。
「うん、ありがとう。頼むときは頼むから、無理だったら断ってほしい。変な遠慮はせずに」
「連座君、ありがとう。菜良雲君も山藍さんも、私にできることはなんでもするから、言ってね」
「おう。でも、無理すんなよ」
「うん。もっとちゃんと話そう」
山藍さんも菜良雲も、そう笑って応えてくれる。


きっと、今は、ひどい状況なんだと思う。
しなくちゃいけないこともたくさんある。
それをどこから手を付けたらいいのかもわからない。
それは、とんでもなく劣勢ということなんだろう。

それでも。
それでも、私は幸せ者なんだとも思う。
だって、今、ああ、うん、とてもうれしい。
とっても。



続く。


散文(批評随筆小説等) 恋昇り9「みんなの思い、私の思い、一つの思い」 Copyright トビラ 2020-05-22 07:19:35
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