恋昇り8「きっと大丈夫」
トビラ

「とりあえず、中に入って」

エナちゃんは、私のベッドの上に座る。
「昨日、シュークリーム買ったんだけど、食べる?」
「シュークリーム。食べる、食べる」
「麦茶もあるけど?」
「ありがとう。でも、麦茶はいいかな」
エナちゃんにシュークリームをわたし、私もベッドの上に座る。
エナちゃんはシュークリームを一口分ちぎる。
クリームがちょっとたれそうになるのを、上手にすくって口に入れる。
「ああ、おいしい。なんだろ。この甘さひさしぶりな気がする」
「ね」
「ただのコンビニシュークリームに、こんなに感動する日が来るとは思わなかった」
そう言って、エナちゃんはシュークリームをおいしいく食べてくれる。

「エナちゃん、昨日の話なんだけど……」
「うん、大体、朝に連座に聞いたよ。なんて言うか、気味が悪いね」
「うん、特に実害みたいなのは、なかったんだけど」
「気持ち悪いんでしょ?」
「昨日の夜は特に」
「ごめんね。私が『星』で見れてたら、また違ったのかもしれないね」
「ううん、今は、不思議と気持ちも落ち着いてるし、大丈夫なんだけど」
「そっか、それならいいんだけど」
ちょっと、二人とも言葉をしまって、それぞれに思いをめぐらせる。

「それにしても、連座って、マメだよね」
エナちゃんの言葉に私も頷く。
「昨日さ、ここに着いてから、一時間ごとに私に連絡を入れてきたんだよ。『大丈夫?』って一言だけなんだけど」
「自由休憩のとき?」
「そうそう。連座もあちこちに『眼』を付けながら。でも、正直、それで助かったところもあるんだけど」
「え? なに?」
「私さ、結局、昨日、いつの間にか気を失ってた」
「え? 気を?」
「うん。と言っても、ただ、寝落ちしたってだけなんだけど」
「うん」
「最後に時間見たとき、四時くらいだったから、たぶんそのあたりで寝てたんだと思う。それで、目か覚めたら朝の四時だったから、もうびっくりしたというか、頭の中めちゃくちゃになった。どうしようって思ったんだ。もしみんなに何かあったらどうしようって」
私は頷く。
「そう思ったら、心臓がバクバクしてきて、『星』を展開しようと思って、電気をつけたら、メモがあった」
「メモ?」
「うん。連座からで、『勝手に部屋に入ってすみません。星の視座の展開ありがとうございます。ゆっくり休んでください』って書いてあった」
連座。
文章が堅いよ。
「たぶん、私が定時の連絡に反応しなかったから、確認にきたんだと思う」
私は頷く。
「それで安心して、星を展開してみたら、シイラちゃんと菜良雲は寝てる感じで、連座が起きてるみたいだから、シャワー浴びたりして、連座の部屋に話を聞きに行ったんだ。で、話してたら、六時くらいに菜良雲が起きてきて、見張りを代わるって言ったから、ちょっと三人で話して情報を共有した。私はそのあと部屋に戻って、頭の中整理したり、夜の見張りに向けて、簡単に準備してた。で、シイラちゃんが起きた感じがしたから、会いにきた」
「会いにきてくれてありがとう」
そう言って、なんとなく私たちは抱きしめ合ったりする。
生きている人の温度。
ああ、私たちは生きてる。

そして、私は、ハッとする。
「あれ? 連座って、朝まで見張りしてたんだよね?」
「う、うん?」
エナちゃんもハッとする。
私は言う。
「じゃあ、連座って、ここに着いてから、というか、昨日からずっと今日の朝まで休んでなかった?」
「たぶん、そうだと思う。自由休憩のときもずっとホテルの中に『眼』を付けてたみたいだし、私も途中で潰れちゃったし。それこそ、夜は連座以外、みんな寝てたみたいだし……。ああ、そうか」
「なにかあった?」
「うん、朝、会ったとき、だいぶ疲れた顔してたから。それは、そうだよね」
連座。
がんばりすぎだよ。
「仕方ない。今日の夜の見張りは、このエナちゃんがやりますか」
そう言って、エナちゃんは笑う。
「私も何かするよ。何か手伝える?」
「じゃあ、二人で見張りをしよう。前半と後半、どっちがいい?」
「どっちでもいいよ」
「じゃ、後半お願いしていい?」
「うん、任せて」
「連座はまだ寝てるみたいだから、好きなだけ寝させてあげよう」
「そうだね」

「でも、そうすると、菜良雲もあんまり寝てないと思う」
「え?朝に会ったとき、 あいつけっこう元気いっぱいだったよ?」
それはエナちゃんの前だからかな?
とは、思っても言わない。
「じゃあ、明日の朝まで、二人でがんばりますか」
そう言って笑うエナちゃん。
ああ、やっぱりエナちゃんは強いなあ。

「私、ちょっと、菜良雲と話してくるよ」
そう言って、私は立つ。
「うん、ちょっと待って」
エナちゃんは『星の視座』を展開する。
宙に浮かぶ、十二個の星。
「エナちゃん」
「ここまで回復しました」エナちゃんは笑って続ける。
「そうだね。今、菜良雲はラウンジにいると思う」
「うん、ありがとう、エナちゃん。行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
エナちゃんは手を振る。

 *

菜良雲はラウンジのソファに座ってぼおっとしている。
ように見えて、あたりに気を払ってる。

ちょっと離れた私に気づく。
私は安心して近寄る。
「よっ。だいぶ寝てたみたいだな」
「お陰様で」
「疲れてたんだろ? 昨日はがんばったんだし、ゆっくり休めばいいさ」
「菜良雲君、何か飲む?」
「ん? ああ、悪いな」
「いいよ。私が飲みたいだけだから。ついでついで」
私はオレンジジュースを二つ持ってくる。
「ありがとな」
そう言って、菜良雲はオレンジジュースを飲む。
「菜良雲君はさ、この状況どう思う?」
「うーん。いや、俺は難しいことはわかんねーよ。ただ、だいぶ、なんて言うのか、差し迫った? うーん。追い込まれた状況なのはたしかだと思う」
「私もそう思う。ただ、何に追い込まれてるのかわからなくて、そこがなにか気持ち悪い」
「ふーん。ま、俺はバカだから難しいことはよくわからん。だけど、みんな今こうして無事でいる。俺たちが無事なんだから一ノ世だってきっと大丈夫だろ。だから、何かに追いこまれた厳しい状況かもしれないけど、みんな生きてるし、現状はそんなに悪くないんじゃねーの?って、思ってるよ」
そう言って、菜良雲はハハと笑う。
菜良雲らしい。
そうそう菜良雲はそれでいい。
「それもそうだね。あんまり思いつめても仕方ないか」
「そうそう。今はこの拠点の安全性をたしかなものにしよーぜ」
菜良雲は、全体を俯瞰して見る力はそんなにないけど、たぶんこの四人の中では、一番現場対応力がある。
突発的な何かに対して一番反射的に対応できる。

「なあ、榛名」
「なに?」
「一ノ世にはやっぱり連絡取れないか?」
「うん、何度も連絡取ろうと色々試してるんだけど、全然ダメ」
「一ノ世とだけ通信がつながらないんだよな?」
「そう」
私は頷く。
「いや、不思議なもんだよな。一ノ世との間だけ通信が妨害されるなんてな」
「え?」
「いや、俺たちとは今まで通り通信できるんだろ?」
「う、うん」
「だったら、ここら一帯に妨害電波?みたいなのが流れてるんじゃなくて、俺たちと一ノ世との間だけを妨害してるみたいだなって」
私は返す言葉を失う。
それはもしかしたら。
「まあ、俺たちの中では一ノ世が最高戦力だから、わかるっちゃわかるけど。なんだろうな、なんか腑に落ちねーんだよな」
私は怖い気持ちを抑えて言葉にする。
「それって、もしかしたら、相手は私たちのことを知ってるってこと? なんだろう、人員構成とか能力値とかを」
「おお、そう、それだ、それ。さすが榛名」
「これ、連座に話した方がいいね」
「俺たちじゃこれ以上わかんねーからな」
オレンジジュースを口に含む。
水っぽくなって、オレンジジュースの味わいが薄れてる。

「ま、難しいことは連座に任せて、俺たちは出来ることをしような」
「今の話、山藍さんにすると、菜良雲君のこと見直すと思うよ」
「え? 山藍さんが? 本当か?」
私はちょっと吹き出しそうになるのを抑えて頷く。
「そ、そうか。どこに見直すようなところがあったのか俺にはわからんが、そうか。見直すところがあったか」
「三割くらい盛って伝えておくよ」
「お、おう。でも、三割は盛りすぎじゃないか? 一割くらいの方が、後でがっかりされなくていいんじゃないか?」
ダメだ。
吹き出してしまいそう。
「うん、一割くらいにしておく」
「おう、頼むぜ」
そう言って、菜良雲は満面の笑みを浮かべる。

その笑顔を見ていると、なんだろう、私たちは大丈夫って思える。
菜良雲は、バカで無神経でエナちゃんが好きで、まっすぐなやつだ。

 *

夜七時。
私の部屋を誰かがノックする。
連座かな?
ドアを覗くと、やっぱり連座だ。

「ごめん、俺、けっこう寝てたみたいだね」
「ううん、気にしないで」
「ちょっと話したいんだけど? いいかな?」
「うん」
「俺の部屋でもいい?」
「ん? うん、いいよ」
連座の部屋に行く。
連座の部屋は私の隣だ。

「さっき、菜良雲と山藍さんとも話したんだ」
「うん」
「今夜の見張り、二人で担当してくれるって聞いたけど」
私は頷く。
「ありがとう。正直、助かるよ。俺はけっこう休ませてもらったけど、菜良雲はまだそんなに休めてないから」
「わりと元気だけどね」
連座はフッと笑って言う。
「そういうとこは、あいつの良いところだよね。ただまあ、菜良雲はこれから見せ場があるから、なるべく温存しておきたいんだ」
私は頷く。
「菜良雲から聞いたんだけど、一ノ世との通信の話、たしかに妙だよね」
「菜良雲君に言われて気づいたんだけど、やっぱり相手は私たちのこと知ってるよね?」
「ほぼ間違いないと思う。それだと、いきなり山藍さんが狙われたのも説明がつく」

私は、そう思いたくないし、そうであってほしくないし、そうであったらどうしたらいいのかわからない、でも心の中に留めておくにはあまりにも重い可能性の話しを口にする。
「そ、その、一ノ世君が私たちを裏切ったという可能性は?」
「それはないと思うよ」
連座はその可能性を即否定してくれる。
「そ、そうだよね」
「俺たちを始末したいだけだったら、因果列行が到着したころに一気にすればいいし、なにより俺たちの首にそんな価値がないからな」
「うん、そうだね。そうだよね。じゃあ、なんで一ノ世君と通信できないんだろう?」
「まあ、俺たちの首に価値はなくても、一ノ世自体には価値があるってことじゃないかな? 相手は俺たちと一ノ世との間を断ちたいんだろうな」
「それって、まずくないかな?」
もしかしたら、一ノ世君との関係が断たれるかもしれないことに、心臓がきゅうとなる。
「いや、それ自体はそんなに問題じゃないと思う」
「そうなの?」
「俺はそう思う。どっちかというと、問題なのは、おそらく一ノ世でもこの連絡を取れないという状況を覆せていない。一ノ世が覆せない状況を、俺たちで覆せるか? その方が問題だと思う。相手が関係を断とおとしてきても、こっちでちゃんと関係を保てば問題ない。それに、まだ妨害されているということは、一ノ世はおそらく無事だということでもあると思う。もし、もう一ノ世が殺されていたら、妨害する意味がないから」
「なるほど」
さすがだな、連座は。
今はだいぶ顔色もいいし、けっこう休めたのかな?

「榛名さんたちは早く一ノ世と連絡を取りたいだろうけど、今はなかなか難しいと思う。手がかりが余りになさすぎるから。だから、俺はとりあえず、赤い棘を潰して状況の変化を確認したいと思ってる」
私は頷く。

「榛名さんも何か思うところがあったら聞きたいけど」
「私は、……そうだね。本当に思ってることを言ってもいい?」
「うん。どうぞ」
「私は、赤い棘を潰しても、この任務は完了しないと思う」
「うん 」
「『スポンサー』がいるって話だよね?」
「そうだね」
「だったら、赤い棘を潰すと『スポンサー』が出てくるんじゃないかな?」
「おそらくね。俺としては、それを狙ってるところもある」
「それって、危険じゃないかな? 『スポンサー』が私たちの手に負えるような相手じゃなかったら」
「それは間違いなく、そうなんだ。特に一ノ世がいないこの状況では」
「だったら、もっと慎重になった方がいいんじゃないかな?」
「やめることも視野に入れてってこと?」
私は頷く。
「いや、ちゃんと選択肢には入れてるよ。ただ、ここに着いてから、まだ一度も四人で顔を合わせて話せてないから。……そうだね。明日の昼あたりに四人でちゃんと、これからについて話し合おう」
「うん。そうしよう」

「ありがとう、榛名さん」
「え? なんで?」
「俺は少し焦ってたかもしれない。この状況だからさ、冷静になれてなかった。すぐに赤い棘を潰すっていうのも、早くこの状況から脱したいっていう思いがあったんだと思う。もう少しで、なんていうのかな? 自分の安心のために、みんなを危険にさらすとこだった」
「助けられてるのは、私たちだよ」
「だったらいいんだけど」
「一ノ世君もいないし、連座君がいなかったら、私たちどうすればいいか迷ってたよ」
連座はハハと笑って言う。
「榛名さんはいつも俺に違う視点をくれる」
「それこそ、だったらいいんだけど、っていう話しだよ」
連座はまたハハと笑う。

連座が笑ってる。
その笑顔を見てやっぱり思う。
私たちは大丈夫。

その後、少し話しをして、部屋に戻る。

 *

エナちゃん、菜良雲、連座。
今日は三人と、なんていうのかな?
うん、腹を割って話せたような気がする。
明日は四人で話し合う。
たぶん、この任務は一ノ世君も入れて五人じゃないと完遂できない。
それがみんなが生き残れる道だと思う。

今日、話してて思った。

私たちは、今、みんな生きてる。
そして、みんな前を向いてる。
それは、みんな違う角度からかもしれないけど、同じ方を向いてると思う。
だから、きっと、私たちは大丈夫。



続く(気がむいたら)


散文(批評随筆小説等) 恋昇り8「きっと大丈夫」 Copyright トビラ 2020-05-20 06:14:23
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