恋昇り 4「通知」
トビラ

なんで?
と言いたい思いを飲み込む。
「大丈夫かな?」
少し言い方を和らげる。
「まあ、賭けだね。因果列行は休憩室も兼ねてるから、居心地が悪いわけじゃない。いざという時の拠点として申し分ない。ただ、気になるのが、山藍さんが外に出た瞬間に何かしらの攻撃を受けただろうこと。攻撃を受けたと判断していいよね?」
「はっきりと私に向けた殺意だと思う。相手にしたら攻撃というほどの攻撃ではなかったのかもしれないけど、私の出鼻をくじくには十分な殺意だった」
「そう考えると、やっぱり相手にはこっちの居場所が知られていると思っていい。それでも、山藍さんの『星の視座』で、ここの安全が保証されたのは、……一ノ世がなんとかしてくれたんじゃないかな」
みんな頷く。
「問題なのが、この安全がいつまで続くか? ずっと続くなら、それでもいい。ただ、これから第二波が来るかもしれない可能性を考えると、もっと安全な拠点がほしい」
「場所は、どうするつもり?」
私は慎重に訊く。
「近くのホテルしかないと思う」
「ま、旅行者として滞在は、妥当なとこだよな」
「私も賛成かな。任務が長期になるかもしれないことを考えると、そのあたりに落ち着くと思う」
「榛名さんは、どう思う?」
私は少し考えて、慎重に答える。
「私も、現状ではそれが一番の次善だと思う」
「最善ではない?」
連座の質問に言葉を選んで答える。
「たぶん、最善は別にあるって感じる。でも、私にはその最善にたどり着けないとも思う。だから、次善の中では最善だと思う」
連座は考え込む。
「この中で誰も最善にたどり着けないなら、次善の中での最善を選んでいくしかないと思うけど、どうかな?」
私は頷く。
「じゃあ、次のステップはホテルを確保して、安全な拠点にする、ということで」
みんな頷く。

「今、調べてみたけど、ホテルの候補としては、この二つかな。一つは、ギード・モアホテル。もう一つは、ホテル・ラン・ルウ。ギード・モアはいわゆる高級ホテル。ラン・ルウは、ビジネスホテル。ギード・モアはブラシュウェル系列。ラン・ルウはチーリイン系列」
「どっちも世界展開してる会社だな」
菜良雲もそれくらいは知ってるか。
いや、そこまで思うのは、菜良雲に対して不当かな。
山藍さんは頷いて続ける。
「整理するけど、今回発生したイレギュラーに対して、私たち【執行者】が与えられた任務は、“武装勢力を鎮圧せよ(B)”」
みんな頷く。
山藍さんはみんなの顔を見て続ける。
「この武装勢力が、どの程度の規模のものなのかということなんだけど、連座君の意見を聞きたいな」
連座は口のあたりをさっと拭って言う。
「Bクラス任務の武装勢力……。一言ではなんとも言えない。ただ、これはホテル選びにどう影響するか?って話だよね」
山藍さんは頷く。
「これもなんとも言えないな。可能性の話しだけなら、いくらでも上げられる」
「じゃあ、もう、ギード・モアでいいんじゃないか?」
「居心地よく休めるのは大事だよね」
「まあ、ビジネスホテルに俺たちみたいな高校生が何日も泊まるより、かえって目立たないかもしれないな」
「私もギード・モアでいいと思う」
ギード・モアの方が嫌な感じが少ない。
「それなら、大富豪の親という感じで、ギード・モアの部屋を一ヶ月くらいおさえるね」
山藍さんは、ホテルに連絡を取る。

「じゃあ、後は、移動手段か」
連座が切り出す。
「徒歩、タクシー、バス、地下鉄、路面電車。その組み合わせ、だね」
私は言う。
連座は頷く。
「俺は何でもいいぜ。連座の指示に従う」
「これも可能性だけなら、いくらでも言えるからな。ただ、地下鉄は避けたいな。いざという時の退路がほぼ無いから」
私は頷く。
「じゃあ、地下鉄以」
「ごめん、話の途中にいいかな?」
「山藍さん、どうした? 何かあった?」
菜良雲が反応する。
「うん、資金提供額制限が解除されてる」
みんなの顔から血の気が引く。
資金提供額制限が解除されている?
「それって、資金が無限に使えるってことだよね」
菜良雲が山藍さんに訊く。
山藍さんが頷く。
「マジかよ」
連座が自分の通知を見てつぶやく。
私と菜良雲もすぐ通知をたしかめる。

〈資金提供額 無制限〉

「はあ? Bクラス任務で資金提供額無制限? そんなの聞いたことねーぞ。どうなってんだ?」
「榛名さん。榛名さんの任務通知も確認してくれるかな?」
連座が自分の任務通知を私に見せて言う。
連座の任務通知を見て、私はゾっとする。
私はすぐに自分の任務通知を確認する。
リーダーとサブリーダーにしか送られない通知が届いている。

〈追加任務 未知のイレギュラーに対処せよ(S)〉

私は頭の中が真っ白になる。
「どうしたの? 二人とも」
山藍さんが心配そうに言う。
連座と私は、二人に通知を見せる。

みんな言葉を失う。

そんな中、連座が口を開く。
「逆に、俺は希望が出てきたかな」
みんなが連座を見る。
「Sクラス任務は、俺たちの手に負える任務じゃない。ということは、Sクラス任務に対処するSランク執行者が来るか来ているかしているはずだから」
なるほど。
「それもそうだな」
菜良雲は同意する。
山藍さんと私は黙る。
そうだったらいい。
連座の判断は間違ってないと思う。
論理的に考えれば、妥当。
でも、この任務にSランク執行者の助けが来なかったら?
そうなったとき、その希望的観測を元にした作戦は、命取りになるように感じる。
だから、私とエナちゃんは、助けが来ないことを前提に作戦を考えていかないといけない。
そう考えると、やっぱり一ノ世君にいてほしい。
一ノ世君にそばにいてほしい。
会いたいよ、一ノ世君。

「とりあえず、今は移動手段に話しを戻そう」
連座は仕切り直す。
「私も地下鉄以外なら、どれでもいいと思う。地下鉄だと『星の視座』もうまく使えないし」
「俺はなんでもいい」
「じゃあ、地下鉄以外で絞っていこう」
「私は、地下鉄がいい」
私は自分の意見を言う。
「それも、勘か?」
菜良雲が言う。
私は頷く。
「榛名さん、その勘をみんなに説明出来る?」
山藍さんが言う。
私は頷いて、なるべく丁寧に言葉にする。
「たぶん、移動手段の中で地下鉄は一番の悪手だと思う」
「だから、逆に張るってこと?」
連座が言う。
私は首を横に振って答える。
「逆に張るとか、そういうことじゃなくて。一番の悪手かもしれないけど、地下鉄が一番安全な感じがするから」
みんな黙り込む。

「ま、俺はなんでもいい。リーダーの判断に従うよ」
菜良雲は言う。
「『星の視座』で、地下鉄以外は丁寧に確認してみたけど、今の所は徒歩もタクシーもバスも路面電車も安全だと思う。ただ、今の所はというだけで、突然何が起こるかはわからない。その起こった突然のことにちゃんと対処出来るかもわからない。これはSクラス任務でもあるから」
山藍さんは言う。

連座はふー、と一息ついて言う。
「地下鉄で行こう」
みんな頷く。


因果列行のドアを開ける。
空はいつの間にか、曇りになってる。
四人で首を出して、あたりを見回す。
危険な感じはしない。
『星の視座』にもなんの変化もない。
ただ、今になってだけど、外が暑い。
ひたすらに暑い。

ここは雨降り街の街外れ。
閑散とした住宅街のさらに端の公園。
私たち以外、誰もいない。
人の気配がしない。
人はたくさんいるんだろうけど。
最寄りの駅に向かう。
駅に近くなるにつれ、店中や歩道を歩いている人を見かける。
みんな私たちには、なにも興味がないようにすれ違う。
気味が悪いほどの平穏。

そうやって歩いていくうちに駅に着く。
地下に降りていくときは、少し緊張感があったけど、それも少しずつ解けていく。

電車に揺られていて思う。
もし、はじめに山藍さんに何もなく、一ノ世君もいつものようにそばにいてくれたら、 私たちはどこかバカンス気分で、この任務にあたってただろうって。

目的駅に着き、降りる。
駅を出ると、ぱらぱらと雨が落ち始める。

ギード・モアホテルは、駅のすぐそばにあって、ホテルに入るときに少し警戒したけど、何事もなくチェックインできた。
そのあたりは、山藍さんがうまく対処してくれた。
一人一部屋。
時間は、今、午後の一時を回ったところ。
『星の視座』で周りの安全を確認する山藍さん以外、夕方まで自由休憩ということになった。

本当は、エナちゃんを一番休ませてあげたい。
でも、ここはエナちゃんにがんばってもらって、後の三人は休息にあたった方がいい。
体力的には、何も問題はないけど、精神的にすり減り過ぎている。
やっぱり、エナちゃんは強い。
四人の中で、一番精神的にきついのは、エナちゃんだと思う。
それでも、夕方まで『星の視座』の展開を引き受けてくれた。
だから今は、その思いに応えて、ゆっくり休もう。
だって、私たちはまだ、この任務のスタートラインにすら立っていないんだから。



続く(気がむいたら)


散文(批評随筆小説等) 恋昇り 4「通知」 Copyright トビラ 2020-05-14 06:03:19
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