恋昇り3「相談」
トビラ

「一ノ世の奴、遅いな」
菜良雲が苛立って言う。
「まさか、死んじまったか」
こいつ。
「一ノ世君は死なないよ」
山藍さんが言う。
私も続ける。
「一ノ世君は、きっと生きてる」
「根拠は?」
連座が鋭く突いてくる。
「勘」
「榛名さんの勘か。なら、生きてることも考慮にいれて考えるか。ただ、当面は、一ノ世はいないものとして考える。ここにいない奴を戦力として数えることは俺にはできない。立場上、な」
「もしかしたら、一ノ世君は私たちに助けを求めてるかもしれないよ」
私は食い下がる。
「一ノ世が俺たちに助けを求める? お前、正気か? 助けを求めたいのは、俺たちだぜ?」
菜良雲がわめく。
黙ってろ。
心の端が黒くにじむ。
「ごめん、私が悪かったね。はじめに倒れちゃって、みんなに迷惑をかけた」
「気にしないでよ、山藍さん。あれはしょうがなかったって」
菜良雲は山藍さんのフォローはする。
山藍さんは長い髪をまとめる。
端正な顔がより端正になるような気がする。
「今から、索敵をするね」
「できる?」
連座は短く言う。
「するよ」
それに山藍さんは、短く答える。

山藍さんが意識を集中すると、星が浮かび上がってくる。
一つ、二つ、三つ、……。
え?
三つ?
山藍さんの「星の視座」は、本来十二個の星を浮かべて、その複雑な動きを読み取って、周囲の状況を探るというもの。
体調が最悪で、星が八つしか出ないということは、前も見たけど、三個は少なすぎる。
それだけ、きっと、今はひどい状態ということ、そしてひどい状況にあるということ。
「それ、信頼できる結果出る?」
「広範囲は無理だけど、ここを拠点にしていいかくらいはわかるから」
「今は、山藍さんを信じようぜ」
私は黙る。

「たぶん、ここを拠点にして大丈夫だと思う。短期的には。私が感じた嫌な感じは、今はまったくしない。後、ここは予定通り街外れ。周りに、人の気配はしない。ただ、やっぱりここは降着点で、任務が長期になるなら、ちゃんとした拠点が必要だと思う」
「ありがとう」
そう言って連座は考え込む。

「榛名さん、一ノ世君に連絡は取ってみた?」
「うん、ずっと連絡を取ろうとしてるんだけど、なんだろう、ノイズがひどくて」
「ノイズ?」
「うん、ノイズ。なにかに妨害されてるみたいに、ザアザア鳴って、つながらないんだ」
「私にも、通信してみてくれる?」
『聞こえる?』
『うん、聞こえるよ、シイラちゃん』
シイラちゃん?
瞬間的に、通信を切り替える。
山藍さん──エナちゃんとの通信を他の二人に聞こえないようになめらかに移行する。
『いいよ、エナちゃん。もう二人には聞こえてない』
『ありがとう。すぐ気づいてくれて』
『任務中は、お互いその呼び方はしないって、約束だったから。でも、あえてその呼び方をしたっていうのは、二人だけの話があるっていうことだよね』
『そうなんだ。はっきり言って、私は一ノ世君と一緒に帰れれば、あとはなんだっていい。それはシイラちゃんもおんなじじゃないかな』
『そうだね。私も一ノ世君と帰れれば、あとはなんだっていい』
『うん。それで、一ノ世君と一緒に帰るって考えると、連座は信用できない』
『そうだね。もう一ノ世君のこと半分くらい切ってるからね』
『連座は、自分のことしか考えてないから、私たちのことも利用価値のあるうちは絶対に切らない。シイラちゃん、本当は、私、星、五つまで出せるんだ』
『あえて出さなかったんだね』
『うん。余力を残しておきたかったし、もし、一ノ世君の居場所がわかったら、かえって状況が難しくなるかなって』
『ああ、そっか。もし一ノ世君が生きてるのが確定して、居場所まで大体把握できたら』
『そう、連座は、一ノ世君との合流を最優先する』
『そうなった場合、連座は自分と一ノ世君を軸に任務達成を考えるってことだよね』
『いつもだったら、それでいいと思うんだ。私もそれに賛成する』
『でも、今の状況だと、連座は私たちを使い捨てていく』
『きっと、そうなると思うんだ』
私は少し黙る。
考えをめぐらせる。
『一ノ世君のいないこの状況で、一人でも戦力が欠けるのは、致命的だね。それは、私たちにとってもだけど、連座にとっても』
『そうだと思う。一ノ世君がいない状況が続けば続くほど、連座にとって私たちの存在価値は増すはず。一ノ世君がどこまで意図してたかはわからないけど、私たちは今も一ノ世君に守られている』
『一ノ世君は、きっと今も連絡取ろうと思えば、取れるのかもしれないね』
『でも、あえて帰らないことが全体のためになると判断して、距離を取ってる』
『一ノ世君の考えていることは、私にはわからないけど、状況から考えると、そういうことなんじゃないかな?って』
『一ノ世君は何考えてるか、本当にわからないからね」
『そうだよね』
『でも、いつもどこかみんなのことを考えてくれてる』
『本当に、そう。だから、シイラちゃん、一ノ世君と一緒に帰ろう』

『とりあえず、連座の言うことには従わないといけないと思う』
『そうだね。でも、指示の意図も考えていかなくちゃいけない』
『連座としては、本当に今は誰も切れないと思う。でも、あえて最初に切るなら……』
『連絡係の私だね』
『たぶん、そう。次に索敵の私。最後に菜良雲じゃないかな?』
『そのあたりが妥当だね』
『でも、連座の性格を考えると、指示に従わないことは、不確定要素になると思う』
『連座は不確定要素を嫌うからね』
『この不確定要素の塊みたいな状況は、連座にとって、最悪の状況だと思う』
『ああ、そっか、だからずっとイライラしてるのか』
『だからね、シイラちゃん。私たちは連座の指示に従った上で、私たちだけの作戦を立てなきゃいけないと思う』
『そうだね』
『一緒に考えてくれる?』
『うん、一緒に考えよう』

『あっ、そうだ菜良雲はどうする?』
『いいよ、菜良雲はどうでも。あいつ、ずっと私の体、触ろうとしてるんだよ』
『え? この状況で?』
『うん。しかも一ノ世君がいなくなってから、調子に乗りはじめてる』
私は言葉を失う。
そうか、一ノ世君は、ただいるだけで、エナちゃんを守ってもいたんだ。
その一ノ世君は、今は、いない。
つまり、菜良雲を止める人がいない。
菜良雲の戦闘能力は、エナちゃんと私と連座を合わせて、やっと互角かどうかくらい。
そして、連座の加勢は望みが薄い。
エナちゃんと菜良雲が二人になる状況を想像すると、何が起こるかわからない。
『私、なるべくエナちゃんのそばにいるようにするから』
『ありがとう』
『一旦、連絡を切るね。また何かあったら、声かけて』

因果列行内は、まだ沈黙に包まれている。
連座も、この後の一手を考えあぐねているんだろうな。
私は、これからすることを整理する。
①なるべくエナちゃんのそばにいる
②一ノ世君と連絡を取る方法を探る。
③連座の指示に従いながら、その意図を理解する。
④連座の指示とは別の作戦を遂行する。
⑤その内輪の問題に対処しながら、危険度Aクラスの任務を遂行する。
協力してくれる人は、一ノ世君とエナちゃん。
ただ、一ノ世君の直接的な協力は期待できない。
エナちゃんも、私か一ノ世君か?という選択になったら、迷わず一ノ世君を選ぶと思う。
それはそれでいい。
私だってそうだし。
だから、そういう状況にならないようにお互いに気を払う。

優先順位はつけられない。
全部同時に進行していく。
ただ、出来ることからしていくと考えたとき、やっぱり①からしていこう。
一ノ世君がいない状況で、エナちゃんとの仲が壊れたら、たぶん、全滅する。
連座は信用してはいけない。
菜良雲は論外。
だからといって、一ノ世君に頼りすぎてもいけない。
もし、私たちが絶体絶命の状況に追い込まれたら、一ノ世君は助けに来てくれると思う。
満を持しての登場なら、それでもいい。
でも、本当はまだ出てきてはいけない状況で、一ノ世君を引きずり出してしまったら、たぶん全滅する。
だから、今は、エナちゃんのそばにいて、連座の指示を待つ。


「ここを出よう」
それが、連座の一つの結論。



続く(気がむいたら)


散文(批評随筆小説等) 恋昇り3「相談」 Copyright トビラ 2020-05-13 06:25:22
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