恋昇り 2 「こんなことってある?」
トビラ

因果列行のドアが開き、まず山藍さんが外に出る。
外は眩しいくらいの晴れ。
晴れ?
雨降り街が晴れてる?
すっと、一ノ世君が外に出て、山藍さんの側に寄る。
そのあと、辺りを見回して言う。
「連座君」
「ああ、任務は中止だな」
任務は中止?
一ノ世君に支えらている山藍さんの顔を見ると、青ざめている。
え?
どういうこと?
一ノ世君は山藍さんを半ば抱えるようにして、因果列行に戻ってくる。
菜良雲は何も言わない。

座席に戻ると、山藍さんは白い顔で一ノ世君の手を握る。
一ノ世君は黙って山藍さんの手を握り返している。
菜良雲がその状況に、何も言わない。
菜良雲がずっと腕を組んで、押し黙ったまま何も言わない。
軽口一つ口にしない。
連座はさっきから、本部と何かやり取りしている。
空気が重い。
それなのに、そんな状況でも、山藍さんに嫉妬している自分が嫌になる。

「あー、わけがわかんねえ」
連座が座席に戻ってくる。
座席に着くと、やっぱり俯いて黙る。
誰も何も言わない。

空気を変えなきゃ。
「連座君、本部はどうだったの?」
私は思い切って聞いてみる。
「どうも何も、『任務を遂行するまで帰りは用意しない』の一点張り。どうしろっていうんだよ」
「そ、そんなにヤバい状況?」
「一ノ世の見立ては?」
一ノ世君は一息吐いて言う。
「僕の感覚でしかないけど、任務遂行難易度で言えば、B−。もしかしたらC+くらいかもしれない。ただ、任務遂行危険度で言えばA−からAはあると思う。状況はそんなに難しくないと思う。ただ、イレギュラーの危険度が、僕らの手に負えるレベルかというと、疑問がある」
疑問がある。
一ノ世君は控えめにそう言ったけど、危険度Aは今の私たちの中で生き残れるのは、たぶん一ノ世君だけ。
そういうレベル。
しかも、一ノ世君が自分を守ることだけに徹したとして。
「難易度と危険度足して、Bクラス任務ってか? ふざけんなよ。やってらんねーぜ」
菜良雲が苛立って言う。
こればかりは同感。
というか、本部の意図がわからなすぎる。
今回の任務は明らかに私たちの手に余る。
一ノ世君が一瞬で任務続行の不可能を判断し、連座がそれを受け入れ、それに菜良雲が何も言わない。
私はまだ外に出てないけど、雨降り街のひりついた殺気は伝わってきた。
たぶん、山藍さんはそれを無防備にまともに受けてしまったんだと思う。
それは気を抜いていた山藍さんの落ち度と言えば、落ち度なんだけど、誰も責めたりはしない。
私だって、嫉妬はしても、責める気にはなれない。
こんな状況、誰も予想していなかったから。
任務を続行するにしても、山藍さんの索敵能力は絶対に必要。
どこにイレギュラーがいて、どこからイレギュラーが襲ってくるかわからないのは、致命的にすぎる。
一ノ世君に索敵してもらっても、そうなったら、戦力が足りなすぎる。
たぶん、この状況は一ノ世君の活かし方を少しでも間違えただけで詰んでしまう。
そして、ここがいつまで安全かもわからない。
山藍さんが感じた危険が、この因果列行に向けられたものなら、イレギュラーはこっちの居場所を知っていることになる。
それでも、本部は、任務を遂行しろの一点張り?
わからなすぎる。
連座が苛立つのも無理はない。
でも、やっぱり、私が一番心配なのは、一ノ世君なんだ。
たぶん、この状況だと、一ノ世君は間違いなく無茶をする。
一ノ世君のがんばりがないことには、この任務は遂行できない。
それを一番よくわかってるのは、一ノ世君。
ダメだよ、一ノ世君。
自分一人だけ泥を被って、みんなを助けようとしちゃ。

連座がため息をついて、言う。
「一ノ世、周りの状況、探ってくれるか?」
「うん、わかった」
立ち上がる一ノ世君の手を山藍さんは離さない。
一ノ世君は、山藍さんを優しく抱きしめて、「大丈夫。すぐ戻るから」と言う。
嫉妬するな私。


一ノ世君が外に出て、三時間。
一ノ世君は帰ってこない。



続く(気がむいたら)


散文(批評随筆小説等) 恋昇り 2 「こんなことってある?」 Copyright トビラ 2020-05-12 06:51:47
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