吟遊詩人の歌
ホロウ・シカエルボク


欠けたグラスの縁から飲んで唇から途方もない血を流せばいい
解けた鎖を無茶苦茶に絡め直して永遠を誓えばいい
もう二度と手に入らないものは
どんなに蔑ろにしたって誰にも叱られない
闇雲に生えて絡まった雑草で出来たトンネルを駆け抜けて
薄汚れた自分を誇りに思えばいい
岩石の間から湧き出る水をなめて
明日は必ず来るのだと知ればいい
一生の価値に比較対象などない
導かれるままに歩みを進めるがいい
荒れ果てた薔薇園に潜り込んで傷だらけになり
血に飢えた野犬の囮になるがいい
死はいつでも目前に居る
多少無理矢理にでもそう知っておいて損はない
夜に鳴く鳥はけたたましい声を上げる
我々が目を閉じていることを知っているに違いない
もしも銃を持っているなら手入れは怠らないように
誰だって一度や二度、派手に狙われることがあるものさ
昨日歩いた道に戻るよりは
まだ行ったことのない方向に足を向けてみるべきだ
同じ道ばかりを行き来しているとやがて歩くことが苦痛になる
それは筋力や体力とは何の関係もないものに起因している
昨日知らなかった重みはいま手のひらにあるか
それが感じられるなら今夜は上手く眠ることが出来るだろう
薬で死んだ蜜蜂が窓の珊で消炭に化ける
繋がれた飼犬の遠吠えは威勢のいい酔っぱらいのようなものだ
こめかみに銃口を感じさせる戯れは
決して後ろ向きな感情からじゃない
いつだってほんの少し、いまよりもほんの少し
脳味噌の風通しを良くしたいと思ってるだけさ
鴉が東の家の屋根でなにかを突いている
黒いだけで様々な印象を押し付けられた鳥だ
印象だけですべてを語ってしまうやつなんかそう珍しくもないさ
あいつの言葉を知っていればそう教えてやれるんだけどな
飲水が今夜は妙に澄んでいて落ち着かない
飲むと死んでしまいそうな気がする
星は
光点ではなく
こちらに突きつけられた無数の槍の先端なのではないかと
そんなふうに思えた夜が一度あった
両手を広げて
両の目を見開いて
夜明け前の白い闇が訪れるまで待っていたんだ
あの中のひとつが、あるいはすべてが
無慈悲に肉体を貫いてくれるのを
長い時間を掛けて水を飲みほす
妙に劇的な御終いを望んでしまううちは
ばたばたともがきながらまた歩き出してしまうだろう



自由詩 吟遊詩人の歌 Copyright ホロウ・シカエルボク 2020-05-11 23:18:22
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