恋昇り
トビラ

一ノ世いちのせ君、今、どこ?」
「三日月橋の下」
「三日月橋か。状況は?」
「そこそこ追い込まれてる」
「了解。すぐに行くね」
「ありがとう。榛名はるなさん。持ちこたえられなかったら、ごめんね」
「大丈夫。すぐに行くから。ちゃんと待っててね」
「うん、待ってる」
「素直でよろしい」
「まあ、それくらいしか取り柄がないからね」


一ノ世君はいつも、一人で十人分くらいの仕事をこなす。
誰よりもイレギュラーに対処しているのに、いつだって自信無さそうにしている。
そんな一ノ世君を見ていると、私は苛立ってしまう。
一ノ世君自身に対して、一ノ世君を都合よく使うだけで認めない周りに対して、何もしてあげられない自分に対して。
一ノ世君は、けっこう浮いていて、自分から話しかけるタイプでもないし、何かいつも一人でいる。
だからといって、暗いかというと、そうでもなくて、いつもちょっと幸せそうにぼおっとしている。
そんなだけど、私が話しかけるとにこにこして、私の愚にもつかないグチをいつまでも聞いてくれる。
何かにかこつけて、それとなくお菓子をあげると、ありがとうって、にぱって笑ってお菓子を頬張る。
なんなんだろ?
この人は。


「雨降り街で、イレギュラーが発生した。一ノ世、榛名、山藍やまあい連座れんざ菜良雲ならくも。以上、五名で任務に当たってくれ。尚、リーダーは連座とする。サブリーダーは榛名。連座の言うことをよく聞くように」

雨降り街か……。
私は雨降り街に良い思い出がない。
雨降り街は、それこそ大都会だし、そこに住む人もみんな表向きは親切だ。
雨降り街はみんなの憧れの街。
そういう雰囲気がある。
でも、この仕事をしているとよくわかるけど、雨降り街は一言で言えば不道徳な街。
そしてそうであることをよしとする街。
雨降り街での任務は、いつも気が重い。
「榛名さん、大丈夫?」
「ん? うん、大丈夫だよ。どうして?」
「なんとなく、表情が暗かったから」
「はは。ありがとう、一ノ世君。私は大丈夫だよ」
「だったらいいけど。あんまり無理しない方がいいよ」
うん、ありがとう、一ノ世君。
いつも心配してくれて。
でも、私ががんばんないと、その分、貴方が無理しちゃうでしょ?
私は、それが嫌なんだ。
みんなみたいに貴方に仕事と責任を押しつけて、平気な顔していたくないんだ。
足手まといには、なりたくないんだ。
貴方のようには仕事をできないけど、貴方の仕事を手伝いたいんだ。
そんなこと、言わないけどさ。


「じゃあ、今から役割分担するから、よく聞いて。まず、俺は後方支援に徹しようと思う。その都度指示を出すから、よく従ってほしい。次に、榛名さんは俺のサポート。みんなへの指示をつないでほしい。山藍さんは、イレギュラーの探索。菜良雲はイレギュラーとの直接戦闘を担当してほしい。一ノ世は、まあ、いつものように適当にいい感じにしておいて」
みんな頷く。
連座の指示は的確だと思う。
特に、一ノ世君に対して。
一ノ世君には、変に役割を振るより、自由に動いてもらうのが最適解。
それがわからないバカは、一ノ世君をうまく活かせなくて、勝手に苛立ってチームを危機にさらす。
最悪なのは、原字はらじみたいに自分の失敗の責任を全部一ノ世君になすりつける奴。
しかも失敗の挽回を全部一ノ世君にしておいてもらった上で。
だから、最近、チームタスクの時は、連座と一ノ世君がよく組む。
そして、大体連座がリーダーになる。
その組み合わせで、毎回、驚異的な成果が上がるから、それはそうなるよね、という話。
チームタスクで一ノ世君と一緒になるのは、最近はけっこう大変で、というのも、一ノ世君と連座の組み合わせが驚異的な成果をあげるから、自然と任務レベルも上がる。
そこについていくのが、一ノ世君の十分の一も才能のない私には、とてもきつい。
それでも、一ノ世君と一緒に任務をしたいから、私はがんばる。
とくに、今日は山藍さんがいるから気をつけないといけない。
色々な意味で。

「一ノ世君、今日、一緒に探索回ってくれるかな?」
きた。
「だから、山藍さん。俺が一緒に探索回るって。イレギュラー見つけ次第、即戦闘。即勝利。即任務完了。余った時間で、その後、どこか遊びに行こうよ」
ナイス菜良雲。
「ねえ、一ノ世君、どうかな?」
やっぱり山藍さんは、危険。
「うん、いいよ」
い、一ノ世くーん。
安請け合いしすぎ。
いや、一ノ世君はそういう人だけどさあ。
「いいけど。菜良雲君の言う通り、菜良雲君と回った方が危険も少ないし、任務もすぐに終わるんじゃないかな?」
「いいこと言った。一ノ世、いいこと言った。だから、俺と一緒に回ろようよ、山藍さん」
「一ノ世君、ダメかな?」
山藍さん、強い。
ふと一ノ世君がこっちを見る。
え?
何?、何?、どういう意味?
むしろ一ノ世君は、私と一緒に連絡役をしてほしいのだけど。
でも、連絡役二人はいらないよね。
「ちょっ、なんとか言ってくれよ、連座」
「山藍さんは、探索。イレギュラーを見つけ次第、榛名さんに報告。俺が状況を分析して、菜良雲に戦闘に当たってもらう。必要なら、山藍さんと榛名さんにも戦闘を手伝ってもらう。菜良雲じゃ、山藍さんの探索の足引っ張るだけ。一ノ世は一ノ世の判断に任せる。必要だと思ったら、山藍さんと探索を一緒に回ってくれ。雨降り街は危険だからな。戦闘も必要だと思ったら、適宜加勢してくれ」
山藍さんは、一ノ世君をじっと見つめる。
一ノ世君は連座の言葉に頷く。
菜良雲は、悔しそうに、くぅーって言ってる。
私は、どうだろう?
連座の判断は的確だと思う。
でも、この心の端にひっかかるような、チリチリとした感覚はなんだろう?
この嫌な感じは、なんだろう?


私たちを乗せた因果列行いんがれっこうの速度が落ちていく。

雨降り街は、もう近い。



続く(気がむいたら)


散文(批評随筆小説等) 恋昇り Copyright トビラ 2020-05-11 07:01:40
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