だったらrip it up
ホロウ・シカエルボク


色味にトチ狂って
暗がりに吐瀉物
別々の腕時計の
指し示す同じ時刻
グランギニョールのフィギュアと
バラライカのドーナツ盤
ベゼルの割れたディスプレイ
気分の乗らない売春婦
電気自動車のホーン
心理試験の幕引き
短期決戦の愚行
リングワンデルング
それは誰の足音でもない
鏡は曇らせたままにしておけ
ボンネットに腰かけて
キセルを吸う占い師
見せるのに慣れた
新米のストリッパー
もうすべて衣装でしかない
あらゆるものを剥ぎ取ったあとでも
安アパートの非常ベルは
子猫の小便でも警備員を呼びつける
何も起きない日ならそんなことがあってもいいけれど…
詩集の散乱した公衆便所で
行方をくらませた三十代前半のメンヘラ
ボンクラが顔突き合わせてる役所で
彼の母親は何度も
ただごとじゃないんだって説明した
でもよくあることのひとつに過ぎなかったんだ
それを書類にしなくちゃいけない連中にとっては
落馬した歌手の最後の新曲が
ミリオンを記録したって
ショップで貰ったフライヤーに書いてあった
賭けてもいいけれど
誰もその歌を記憶してなんかいないさ
適切な距離感が重要視されてる
俺にとっちゃ日常さ
無駄話のための
相手なんか必要としたことはない
考えごとの邪魔になるからね
ホットチョコレートを出してくれる店を探して
半時間彷徨ったのにありつけなかった
「そんなの時代遅れですよ」って
ある店のバーテンは言った
あんたは味覚までチャートに委ねてるんだなって
俺は言い返したけれど
やつには上手く伝わらなかった
いいよ、ありがとう、と言って
街路に向けてドアを潜るしかなかった
上顎にへばりつかない
スマートなガムは気に入らない
俺は諦めてコンビニでコーヒーを買った
安ホテルの書きもの机みたいな細いテーブルを使って
あんなところに居座るやつらが
ハッピーだなんて到底思えない
雨のにおいが残る街路は
まるで何かを恥じているみたいに見える
横断歩道を渡るとき
信号無視のオートバイと目が合った
仕掛けてくるかと思ったけれど
唾を吐くような顔をして行ってしまった
ヒットもせずにアウェイするやつらが増えたよな
きっと戦争を知らないんだ
国家間のことだけじゃない
自分と誰かや
自分と自分との戦争とかのことさ
広い公園のいちばん目立つ外灯の下で
長く薄いコートを着た男がオリジナルらしい歌をうたっている
自己顕示欲ほどには出来上がってはいなかった
声は
喉頭癌のニワトリみたいだったし
タクシーを捕まえて
自宅近くの公園の名前を言った
綺麗な白髪を短く刈ったマスクの爺さんは
面倒な注文を受けたシェフみたいに
やる気と嫌気を込めながらひとつ頷いた
この男と話をするなら
どんな話題が良いだろうと気まぐれに考えを巡らせてみたが
なにひとつ思いつかないうちに目的地に着いた
俺は金を払い
礼を言って降りた
彼は会釈をして去っていった
「人生にはいろいろなことがあるんだ」
いかにも小難しそうな彼の仕事ぶりは
そんな話をしたがっているのかもしれないなと
思いついたのは
テールライトさえまぼろしみたいに霞んだあとだった
「のっぽのサリー」のリフを口ずさみながら
小さな部屋のドアを開けると
今日を目一杯詰め込んだかのようなジャムの空瓶が
飛び降り自殺を決めかねているように食卓の隅で佇んでいたってわけさ



自由詩 だったらrip it up Copyright ホロウ・シカエルボク 2020-05-10 23:33:37縦
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