流刑者の楽園
ただのみきや

問い質すことはしない
その背にただ頷くだけ
否定も肯定もしないことで
ぬかるみを隠し
死へ そっと後押しする



数十億の盲人が夜を編む
匂いを持つ風は翼を解くと
女のつま先をして水面を渡る

赤々と 手足を薪にして
己の頭蓋で夢を煮る男

女は男の耳に口をつけ
秘密を吸った
甘くて苦い笑いが白く垂れる



ふたりの少女が耳元で
シロツメクサを編んでいる

わたしの葬儀の花輪
草原の波間から摘んだ
雲の落とし子たち

キャンディーを舌で転がすように
花の数を数えて



整列し 
勇んで空を切る
白い風車たちの向こう
海に積もった雲は濃淡を寄せ集め
陰気な紫陽花の花首となる
風は追い抜いて置き去って
時は何食わぬ顔で削っている



太陽が石を抱いている
カナヘビも石を抱いている
抱いているようで抱かれてもいた
石からは何も生まれなかったが
生きていると信じていた
信じるとは夢を見ることだった



水草に覆われて
ゆるやかに縫うように流れ
見つめれば
瞬きしながら震えている
顔を寄せ
アメンボの水琴に欹てる
遠く 鶯の美しい嫉妬



女の中で宝石が凍えている
春の虚言にスカートを釣鐘にして
飲み干したチューリップの空洞は
思いのほか苦く陰気な性欲だった

足元から蛇のように細り
ことばは水気を失い舌にこびりついたまま離れない
目や耳を付け替えてみたが無駄だった
植木鉢には何年も前の土と枯れた根が固まっている

反り返った胸に芽吹く若草色の狂気
夕陽を包む霧の肌
ふくよかな腰に埋もれた大理石の神殿
満ちては欠け
欠けては満ち
生贄の血は小川となった
祈りの鋏は欲望を具象へと切り抜いて見せる
生まれつき触覚を持っていない
調和と能力に欠いていた蟻たち

父も母もなく
果実のようにわたしの洞に生り
飢えて泣く不具の赤子
わたしはそれをもぎ取って食わねばならない
そうして快楽と苦痛の
肯定と否定のゼロコンマの明滅
壜から壜へと移し替えられる刹那の遊離

没する太陽 黒焦げの時間
永遠の赤子 黒焦げの爪が降って来る
主人を求める飼い犬たちよ
鼻を鳴らして掘り返すな
埋まっているのは意味じゃなく記号だ
おまえたちの好む饐えた肉はそこにはない




                   《2020年5月9日》









自由詩 流刑者の楽園 Copyright ただのみきや 2020-05-09 23:29:43縦
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