違ってん、ひとつだけ
木葉 揺


道行く人が
私にタバコの煙をかける

パチンコを終えた主婦が
自転車に乗る前に

はぁあああ

カップルが楽しげに
何やら相談した後に

はぁあああ
   はぁあああ

長らく通院中のご老人が
ビオラ持ったお嬢さんが
母親にうながされた中学生が

  はぁあああ
 はぁあああ
    はぁあああ

いろんな人が煙をかける
歩く私に

広い通りに出ると
日は落ちていて
たくさんの人がタバコを吸っていた
それぞれが
吐くときになると私の方を向く
待っていたように
思い出したように

こんなに煙に包まれるのなら
違う場所に行けたらいいのに

はぁあああ
はぁあああ
     はぁあああ
はあああ
はぁあああ
   はぁあああ

信号を渡り終え
すぽんと雑踏を抜けた
―今ひとつだけ

振り返る
「違ってん、ひとつだけ!」
思わず声に出してしまった

吐き終えた人たちは
誰も振り返らない
私は胸を押さえた後
自分の両肩を抱いてみた

はぁあああ

また誰かに煙をかけられた
予備校帰りの浪人生だ

とりあえず歩く

まばらにやってくる人々が
相変わらず
吸っていたタバコの
煙を私にかけてゆく



自由詩 違ってん、ひとつだけ Copyright 木葉 揺 2020-04-27 22:58:50
notebook Home 戻る  過去 未来