屋上の告白
トビラ

田畑さんにお昼を誘われたので、一緒に食べることになったのだけど。
「田畑さん、こっちって、屋上? 屋上は鍵しまってるよ?」
いいから、いいから、と手招きして、僕を呼ぶ。
田畑さんは、ちょっと鍵に触れ、何かしたと思ったら、鍵が開く。
「あれ? 何したの?」
田畑さんは、口に人差し指を当てて、「秘密」とだけ言う。

屋上に出ると、薄曇りの空が、ごおごおと鳴りそうな天気。

「こっちに座ろう。ここだと、周りから見えないから」
田畑さんは、日陰の中に入る。
日陰は少し涼しい。

二人でお弁当を食べて、他愛のない話をする。
英語の先生のチャックが全開だったとか、誰と誰とがつきあって、すぐに別れたとか。
そんななんでもない、ありふれた話。
ご飯を食べ終えて、少し、沈黙。
何かいい雰囲気になる(ような気がする)。
さわやかに風は吹いて、ふと見つめ合う。
目と目の奥を見る。

「私さ、青野君に話したいことがあるんだ」
きたか?
「何?」
「……私、宇宙人なんだ」
きた。のか?
「ウチュウジン?」
「うん、宇宙人」
「地球人も宇宙人、という意味で?」
「別の惑星から来た、という意味で」
宇宙人かあ。
「信じてくれる?」
「ああ、うん、僕はもっと上の次元から来てるから」
「わ、ヤバいね、マジなやつだ」
「そう、マジでヤバいやつだから、田畑さんの話も信じる」
僕は精一杯の笑顔で言う。
ふふ、と田畑さんも笑う。
「やっぱり、私の勘は正しかったな」
田畑さんは、うんうんと頷く。
「私の一族は、大洪水の生き残りなんだ」
「大洪水?」
「ノアの方舟って知ってる?」
「うん、それはまあ。ああ、ノアの方舟に乗ってた人がご先祖様っていうこと?」
「ううん、逆」
「逆?」
「方舟に乗れなかった人の末裔なんだ」
「うーん。あ、方舟に乗れなかったから、他の惑星に行った?」
田畑さんの目が、きらきらと輝いていく。
「そう。そうなんだ、よくわかったね」
「僕はもっと上の次元から来ているから」
「じゃあ、なんでもお見通しだね」
田畑さんはとても楽しそうに笑う。
「そう、だから、なんでも話して」
「ありがと。そうだね。私たちの祖先は、大洪水が起きたとき、方舟に乗れなかった。ノアがせっせと、方舟を作ってるとき、バカだなんだと、さんざん罵って、大洪水が起きてから泣きついた。でも、その時はもう遅かった。ホント、どっちがバカだって話しだよね」
「それで、宇宙船を作った?」
「そう。もう地球にいられないからって、その時のテクノロジーを結集して、とりあえず乗せられるだけの人を乗せて、地球を飛び出た。そういうのって、どう思う?」
「うーん、バイタリティがあるなって」
田畑さんはくすくす笑う。
「まあ、バイタリティは有り余るほどあったんだろうね」
「僕だったら、たぶん諦めて流されてたと思う」
「青野君は、そうだろうね」
田畑さんは目を細める。
「私たちの祖先はバカだから、もっとひどい地獄を選んだ」
田畑さんは容赦がない。
「やっと辿り着いた住める星は、本当に厳しい環境で、生きていくだけでも、苦しかった」
僕は頷く。
「でも、結局、滅んじゃった」
「え? 滅んだの?」
「うん、滅んじゃった。跡形もなく。やっと住めるようになってきたのに」
僕は、ちょっと言葉を失う。
「でも、住んでいた星を爆発させてしまう前に、何人か地球に戻れた。その一人が、私」

僕は、少し遠くを見る。
初めて上がった屋上は、ずっと遠くまで見渡せるように広がる。
「うーん、元々が地球人なんだから、別惑星経由の地球人ということ? あ、逆輸入地球人?」
そう言うと、なんだろう、田畑さんの目が、熱を帯びていくように感じる。

「青野君さ、だから、私は子どもを残して、次世代にバトンをつながないとなんだ。この意味は、わかる?」
「上の次元から来た僕でも、その意味は推量りかねる、かな」
「じゃあ、教えてあげよう?」


お昼休みはもうすぐ終わるるし、春も去ろうとしている。
でも、僕らには夏がまるまる残っていて、つまりまだまだこれからで、なんだってできる。
だから、この胸の高鳴りをそっと分け合おう。


自由詩 屋上の告白 Copyright トビラ 2020-04-24 06:02:39
notebook Home 戻る  過去 未来