金属のリズムに違和感があるのはあたりまえ
ホロウ・シカエルボク


ポケットの中で小銭を弄ぶ癖をやめたのは微かに耳に届く金属音が命を削っている気がしたからで、それについては正しいとも間違いとも考えてはいない、ひとつひとつのポケットはずいぶんと軽くなった、小銭をあまり持ち歩くことがなくなったせいだ、それはひとつの財布に集約されて鞄の中で沈黙している、そんな些細な経験が教えてくれたことは、人の死なんてどんな入口からでも入り込んでくるということだ、あれは確かに細やかな死の予感だった、ある時まで周辺はそんな予感で満ちていた、だからたくさんの癖が失われ修正された、それについては正しいとも間違いとも考えていない、自分を神経質だと考えたことはない、むしろそんなふうに変化していけるのは柔軟だからこそだと考えている、自分を維持するためには変化し続けなければいけない、この世界にあるあらゆる意地の大半は麻痺だと俺は考えている、幾人かにはそんな話をしたことがある、彼らは激高した、キラウェア火山のように溶岩を吹き上げた、そんな連中とは完全に縁を切った、付き合ったところでなんのメリットもありはしないからだ、ことを成した人間がこだわりを語るのはいい、でもなにを成しとげたこともない人間が途上で講釈を垂れるのは大間違いだ、俺はそう考えている、要するに人として一生なにかを追い求めていくつもりならそんなことを話すべきじゃない、一生追い求めていくのならつまり、一生そんなことについて喋るつもりはないということだ、スポーツ番組のヒーローインタビューとは違うのだ、区切りは訪れないし終焉は一度だけ、もっともらしい理屈をつけて投げ出さないかぎりはね、さて、小銭をあまり持たないようにすると財布に収まりきらないくらいの小銭が部屋の中に残るようになる、なので俺は財布を持つこともやめ、一日に必要な金額だけを小銭入れに入れて持ち歩くようにした、それはある意味で便利だったし、ある意味で不便だった、でもその割り切れなさはなんだか心地良かった、俺は合理的な人間ではない、どちらかといえば試験的な人間であると言える、それから、挑戦的だと、俺はジンクスを持たない、金の使い方などにこだわりはない、節約に興味はないが、浪費するわけでもない、ただある程度の量というものはあるだろう、でもそれを追求しようなんていう気もさらさらない、こだわりを持つことが大事だというものもいる、だけどそれは自分にとって本当に必要なものについてだけでいい、それでは駄目だと食い下がる連中は決まって本当に必要なものというのを持っていない、だからすべてを同等に扱ってしまうのだ、清潔さを好む人間の清掃が正しい清掃だとは俺は思わない、それはただただ執拗なだけなのだ、そんな人間が箒を振り回した部屋になど一秒も滞在したくない、自分に縛りを課す人間が正解を出している場面を俺は見たことがない、懸命さが伝えてくれるものは口の端が引きつった笑いくらいのものだ、兎にも角にも、闇雲に懸命さを主張する連中がいる、率直に言うことを許してもらえるなら、あいつらはただの馬鹿だと俺は答えるだろう、真剣さとはつぎこむことではない、人生のあらゆる要素を自分が生業としているものに委ねられるかどうかだ、そして、それをどのくらいの配合で差し出すのかという冷静さを持ち、ここだという場面では一気に叩き込む熱さだ、情熱だけで語られたくない、知識だけで語られたくない、シニカルなポーズや、嘘臭いアジテーションなんかもってのほかだ、俺がみたいのはそいつ自身の自然な空気だ、それをどんな風にこちらへ流してくれるのかという興味だ、そこに関しては好き嫌いなんかないぜ、どんなものでも飲み込むことが出来る、興味さえきちんと満たしてくれればな、ねえ、知ってるか、心臓ってそいつの一生の中でだいたい何回振動するのか決まってるらしいぜ、手首に指先を添えて脈をとらえるんだ、きっとそれはこうして文章で目にするよりもきっとずっとたくさんの意味を含んでいるんだ、俺が自分の人生で見たいのはそれがどれだけフレーズとして成り立つのかという部分さ、ビートってそういうことさ、ビートってそういうことだろ、ただの前世代の流行なんかじゃないぜ、心臓は人間の数だけあるんだから、だから俺はポケットの中で小銭を弄ぶことをやめたんだ、なあ、聞いてるか、人の死なんてどんな入口からでも平気な顔して入り込んでくるんだぜ。



自由詩 金属のリズムに違和感があるのはあたりまえ Copyright ホロウ・シカエルボク 2020-04-23 21:52:46
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