ぼろぼろのつばさ 5
青色銀河団

[郷愁]


小学校の理科の時間に
習った

雨は
空にある記憶の破片ひとつひとつに
水蒸気が付着し
それ自身の郷愁の重さに耐え切れなくなったとき
地上まで落ちて来るんだと

天と地との
その遥かな距離を
はるかな切なさを
延々と落ちて来るんだと

だから
傘を持つ手を濡らす
あめつぶは
どこかなつかしい味がするのだろうか




[人]

歩く人それぞれに
植物の属性が宿っているのだそうだ
地球は鉱物でできているから
そこで生きてゆく為に
それぞれ地に根をはっていかなければならない

あのピンクのコートを
羽織った女性は
桜の属性をもつひと
すぐ脇を足早に過ぎてゆく会社員は
白樺の属性をもった人だ
老木やら若木
種類は様々だ
あそこを駆けてゆく子供の袖口からも
きっとつややかな若葉が
顔をのぞかせ
雨に濡れている




[娘たち]

幾人もの
ちっちゃな娘らが
空から降りてくる

ぺちゃ ぺちゃ
ぱちゃ ぱちゃ
ぺちゃ ぺちゃ

傘の上の
おしゃべりが
実にやかましい

それでも
明日になれば
きっと

清らかな乙女になって
凛としたあの空へ
帰ってしまうのだろう




[五月のひかり]

オレンジから
あふれくる時間の飛沫よ

透明な小石の一部分となって
永久にわが傍にとどまれ

われこそは
髪の先からあしの爪の先まで
全き答を希求してやまぬ
無限なる質問だ

この
五月の消失点の
さびしき空気にうち震える
一粒の火の粉だ




[恋をしたら]

恋をしたら
ひとはみんな
詩人になるっていうけど

詩人のつもりのぼくなんて
いつまでたっても
恋ができないのでした

六月の
ベルベットの小道を
ぼくは歩きます

すずらんのような
少女の笑顔を
忘れようとして




[少女]

海に濡れたままの
きみは
今日も生きていく

談笑して
談笑して
花びらのように血をながして

今日を生きていく

耳のうしろに隠した
風のナイフを錆びつかせながら




[あきらめ]

この星の
半分は
あきらめでできている

羊水の
半分が
悲しみでできているように

はしかにかからないように
ぼくらは
希望という
予防接種を
受ける

ぼくらはほんとうの
悲しみを知らない




[まち]

ながれる時間にとって
思い出はもはや純粋な希望だ
むかし
野原の花びらの
冷たい部分だけを
あつめて
夜を超える練習をしたよね
ほんとはぼくら
耳たぶが寂しかっただけなのに

このまちは雨雲がおおう淋しいまちだから
いまも糸でんわのゆめが満ちてるね




[夏]

みどりいろ+みずいろ=なつのはじまり




[まだ知らない]

おとぎ話のお姫様や王子様しか
しあわせになれないと
思ってったんだよなあ
子供のころ
幸福ってはるかかなたにある理想のことだと
理解してた

そんな俺が
いつのまにやら
しあわせになっちまって
毎日をニヤニヤしながら過ごしてる

ズリイよなあ
裏切りだよなあ
子供の俺からしてみたら
妥協したとか
間違ってるとか
誤魔化してるとかって
思うんだろうなきっと

でもね子供の俺よ
おまえは
どこの誰が作ったものよりも
飛びっきりうまい料理があるのを
まだ知らない
ちょこっと音程のずれた鼻歌が
それは素敵な賛美歌にきこえちゃう瞬間を
まだ知らない
無条件に
自分の味方がいてくれることの安心を
まだ知らない

夕方公園をひとり歩いていても
胸のおくがずっと暖かなのを
まだ知らない

冬がきて
雪が降って
一面真っ白になって
寒いねっていう笑顔の暖かさを
まだ知らないだけなんだ




[手紙]

先生 先生
好きだった
先生に
手紙を あげる

扁桃腺で
熱が 出て
黄色い国を
歩いてた
黄色い砂の
黄色い風

背伸びして
ぐんと
右手
伸ばして
流れる風に
一個ずつ
文字を 書いた

この星に
生まれて
はじめて 書いた
はじめての
ぼくの手紙

先生 先生
熱が
あたたかくて
気持ちいいよ


先生 先生
大好きだった
先生に
手紙を あげる






自由詩 ぼろぼろのつばさ 5 Copyright 青色銀河団 2020-04-23 16:58:32
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