マスク
木屋 亞万

毎日つけているつがいのマスク
人間でいえばもう80歳くらいだろう
一日交代で洗っては干し洗っては干す
135回くらい洗っても毛羽立たない
どんどん肌になじんでいく
ほつれがないわけではない
終わりは近い
ゴムが切れるか
生地が裂けるか

川沿いをマスクをつけて歩く
マスク越しに吸う春の風
自分から出た水分が絡めとられ
マスクをほのかに湿らせる
川を幼いカモが泳ぐ
歩くたびに靴が沈みこむ
きのうの雨のなごりだ

昔のことばかり
思い出すようになった
自分より先に死んでしまった人たち
好きだった人たち
どうしようもない後悔
もうすぐ死ぬのかもしれない
ゆるやかな走馬灯だろうか
ただただ暇を持て余しているだけだろう

年老いたマスクを捨てるのは
自分の顔を捨てるようなものだ
さみしいけれど捨てるだろう
そしてまた新しいマスクを買う
川の水はいつもより少し多い
川沿いを歩く人は少ない
虫に喰われた葉っぱが揺れる
毎日眠っているのに眠い
毎日食べるが腹は減る
明日も明日は来るのだろうか
眼鏡がマスクでくもる晴れの日


自由詩 マスク Copyright 木屋 亞万 2020-04-20 23:29:19
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