気づけよ、ユニークなメイクを施してたのはいったい誰だったのか
ホロウ・シカエルボク


素顔を晒したピエロが血に濡れた鉈を持ってステップを踏んでいる、被害者の若い女は生首だけになりながらも食ってかかる、無茶だぜ、自殺行為だ、どぶ鼠は優れたギャラリーのふりをして腕組みの姿勢でぼそっと呟く、赤子の霊たちは遠巻きに取り囲んで笑顔を浮かべている、死んでから覚えたのか?その、どこか枯れたような薄暗い微笑は、電源を切られたまま意思を持ったテレビカメラのようだ、巨大な鳥は散乱した内臓にありつけるかもしれないと考えてずっと頭上を旋回している、やつの涎はずっと俺の髪の毛を濡らしている、だから俺はずっと忌々しい気分を抱えてそこに立っている、生首だけの女はなかなかに口が立つ、だがピエロはずっと踊りながら聞き流している、やつがターンを決めるたびに鉈にこびりついた生首女の血液が路面に禍々しい円を描く、生首女はそのたびに舌打ちをする、チッ、チッ、ピエロは時々その舌打ちにステップを合わせているように見える、それが女を余計にいらだたせる、ピエロはすべてを聞いているらしい、そのうえで聞いていないふりをしている、狡猾だよ、なかなかのものだ、俺がもしも銃を持っていたら間違いなくやつに向かってぶっ放すだろうな、レストランの残飯をたらふく貪った蝿が銃をぶら下げてやって来る、やつは擦り合わせていない後ろ足で器用に銃を差し出し、さあ、とでも言うように小首をかしげて見せる、大きな目でずっとこっちを見ている、俺はその目つきが気に入らないと思う、銃を受け取ったら真っ先にこいつを撃ち抜いて塵にしてやろうか?俺がそう考えた瞬間蝿は何かを察知したのか銃を落として去って行く、銃は地面に落とされた弾みで一発発射されてしまう、目玉を裏返してゴロンと横になったのは生首女だった、俺は正直有難いと思った、肉体を介さない自意識のみの彼女の声は非常にカンに触ったのだ、ピエロは踊るのをやめて死んでしまった生首女をしばらく見下ろしたあと、鉈を振りかざして俺に襲い掛かって来る、俺はその眉間に三発ぶちかます、ピエロは一瞬呆然としたあと、糸の切れた人形みたいにその場にくずおれた、ケケケ、と赤子たちのほうから笑い声が聞こえた、俺は鉈を拾い上げ、笑い声の聞こえた方へ適当に投げ飛ばす、うぎゃあ、と泣声が聞こえて、赤子がひとり倒れる、霊だろ?と俺は問いかける、観念的殺人、と、ひとりの赤子が自動読み上げソフトみたいな調子で答える、俺は鉈を拾い、そいつに向かって振り下ろす、そいつは素早く横移動して俺の鉈をかわす、なので俺は蹴っ飛ばす、うぎゃあ、と泣いてそいつは死ぬ、円を保てなくなった赤子たちは何故だか急に心許ない感じになった、経験値が足りない、と俺は彼らにアドバイスする、経験値が足りないよ、でもそんなこと、よく考えてみれば当たり前のことだよな、俺だっていまだに経験値が足りないんだ、RPGのキャラクターじゃない、999を超えたって数値は上がり続けるんだ、自分のレベルを把握するだけで数分はかかっちまう、おまけにその数字はたいした参考にはなりはしない、俺はいらだって鉈を持ったままターンする、赤子たちの首がひとつずつ順番に飛ぶ、ベイビー!と俺は叫んでゲタゲタ笑う、サイレンの音が聞こえて、顔を真っ黒に塗り潰した警官が二人パトカーから降りてくる、死体だらけの路上を見下ろし、これはどういうことですかと問いかけてくる、さあ、知らないね、と俺はすっとぼける、俺がここに来たときにはこうなってた、と、もっともらしい調子で答えてから、手に血塗れの鉈を持ったままなのに気がつく、警官もそれに気がつく、ここに落ちてたんだ、と俺は弁解する、気が動転して素手で拾ってしまった、と詫びると、かまやしませんよ、と警官が答える、そして、渡してくれというように手を差し出す、俺はそいつの手に鉈の柄を握らせる、その瞬間警官はノーモーションで後ろに居た仲間の頭をかち割る、それから俺の方を見て、な?という感じで頷く、俺たちは大笑いする、しばらく笑っているとどこからか酔っぱらいの集団が現れ、お前らうるせえなと文句をつけてくる、警官は期待を込めて俺に鉈を戻す、俺はターンを決める、酔っぱらいの首が順番に刎ねられる、ぶんと鉈を振って血を飛ばしたあと、警官の首まで刎ねてしまったことに気づく、あーあ、と俺はひとりごちる、かまやしませんよ、と警官の生首は言う、俺はその時彼の本質に気づく、彼の肯定は絶望の果てにあるものだった、俺は鉈を捨て、そこらにあった車に乗り、クラッシュ出来る壁を探して猛スピードで走り始める。



自由詩 気づけよ、ユニークなメイクを施してたのはいったい誰だったのか Copyright ホロウ・シカエルボク 2020-04-16 22:25:16
notebook Home 戻る