壊疽した旅行者 三
ただのみきや

朝は容赦しない

朝は砕け散ったガラス
遺言すら打ち明けるいとまもなく
連行される
整列した諦念の倒れ伏した影が
みな時を等しく示す頃
目を閉じて 夜を
再び紐解ひもとくあなた
乱反射を収め握りしめた掌から
もみ消して尚も紅くこぼれる暁は
断頭台に並んだ
幼子たちの行列か
ひとりひとり裸になってシャワーを浴びる
閉め切った風のない
頭の中徐々に輪郭を欠き
腐食して沈んで往く小舟
弔いの 花を模った角砂糖
うっすらと闇に透ける
在るものの影か
無いものの幻か
取り戻そうともう一度
仰け反るように生まれ落ちた
ガラスの雨の降る朝に




文句を言うのは生者だけ

誕生は不平等をもたらし
死は平等をもたらす
誕生は祝われ
死は嘆かれる
死者が生者を見つめるのも
生者が死者を見つめるのも
生者の想像の域を出ず
追悼も悲しみも誉れも
こちら側のこと
生のこちら側で
死について
死の先伸ばしについて
死後について
想い巡らし
こちら側の特権で
恐れや不安
傲りに誇り
嘆き悲しみ
悟りや信仰
大見え切って宣いもすれば
徒然なるままに書いてもみる
日々刻々一秒ごと
近づいている現実
いつかは知れない
薄皮一枚までも
完結の結末の文末の
生涯で一度切りの
いまだ未体験の――
心待ちにしているようだ
自分のそれに関しては




樹木から想う

樹木は太陽の礼拝者
風に欹て一心に空を探る
何かを掴み取ろうとして
灰色のすらりとした腕が
にわかに焦げ茶を帯びて来る
新芽が膨らんでいる
遠くない未来
薄緑色の若葉が一斉に萌え
瑞々しいいのちの光沢を
あたたかい風に閃かせる
やがて来る嵐に
激しく震え 身悶えし
巡る季節に姿を変えながら
再び黒々とした血管となって
生を固く内に秘めたまま
死に疑似した白装束

 果たしてそうか

樹木は絶えず闇に根差し
光も風もない
高密度の世界を生きる
固い土を抉じ開け
侵食する
三重苦の鉱夫
人目に晒されることもなく
着替えもしなければ
色づくこともない
土竜や蚯蚓を隣人とし
暗黒の地下世界に相応しい
蛇のような肢体をうねらせて
水脈を訪ね
探求を続ける隠者

見えるものを
見えないものが支え
見えないものもまた
見えるものにより顕現される
いのち
その在り方に人を想う
いったいどちらがどちらなのか
わたしが根差す闇は何か




河川から想う

雪解け水が河床を駆ける
円みを帯びて奔放に
段差で白く笑って見せる
光を肢体に枝垂れさせて
残雪のはだけた土手
笹だけが青く見送っていた

誕生と共に
いのちは死を身ごもっている
ゆえに
あどけなくあざとい
食し食され
集められ束ねられ
太い流れとなって
暗渠を越え
源の海へ回帰する
そんな
夢想の果ての朧に縋りながら
いのちの流れ 死の流れ
ひとつの流れ

雪解け水が河床を駆ける
一つの流れの同じ煌めきが
同じ水であることはない


  (*一部分ロルカとボルヘスに詩想を借りて)




わたしの蝶

モンシロチョウを見る前に
クジャクチョウを見る年がある
寒の戻りが必ずある
幻の春の日に
夏には開いてとまる翅を
コートの襟まで立てるように
 だから今日
レンガ塀の向こう舞い上がった枯葉を
大きな蝶に見間違えたとしても
そのままにしておこう
――詩の中の
まだ少し寒い眼差しに
広がる丘陵 若葉一つない林
雪解け水の勇んだ響き
夏のようにはね返しはしない
秋のように吸い込もうとしない
淡くゆらいだ青空を
アゲハチョウほどもある枯葉色
蘇り 二度と死ぬことのない
         わたしの蝶を




               《2020年4月5日》








自由詩 壊疽した旅行者 三 Copyright ただのみきや 2020-04-05 15:59:26
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