満足できない
ホロウ・シカエルボク

偽物のイマジンが街を闊歩している
俺はガイガーカウンターを海馬に埋め込んで
徹底的に感染を拒否する
ヒステリックな世間の声
真剣さこそが真実だと
信じて疑いもしなかったやつら

パリコレのバックステージで起きた
主催者暗殺のニュース
犯人の手際が鮮やか過ぎて
裁かれてもヒーローだった
印象はすべてを支配する
他人の脳味噌に滑り込んだものの勝ちさ

石畳の街路にレオス・カラックスの亡霊
年代物の軽自動車を裏返しにするのさ
板金工が呪いの言葉を吐く
曇り空ばかりの春の日の午後

まったく呆れるぜ
あいつらまだ歌ってる
たとえ世界が滅びたとしても
ワールド・トレード・センターの跡地にやつらのアンプが並べられるだろう

絶望的なトラディションと追いかけっこ
血眼になって指を動かす
魂の速度がなければ話になんかなりゃしない
大事なドアは鍵を掛けずにきっちりと閉じておけ
その気になればいつだってめいっぱい開けるように

日ごろ小難しい話ばかりしてたって
ディストーションだけで満足出来るときだってある
投げ捨てるようにコーヒーを飲み込んで
マグカップを窓の外に片づけるのさ
俺の真実が知りたけりゃ
キッチンの外壁を眺めてみるんだね
昔書いたものが捨てられてるごみ箱なんかじゃなくて

街角のブルースはいつだって間延びしている
一日中スタジオに籠ってる連中じゃね
確かめてくれよ
お前の指先に触れているものがどんなものなのか
ネックを血塗れにするまでに欲しがってたものはいったいなんだったのか

配達業者を捕まえてサングラスとパンを交換する
マイケル・J・フォックスの映画にそんな場面があったなと思いながら
まあ
あんなにドラマチックな時間帯じゃなかったけどさ
あんまり関係のない話だけど
丸いフレームのサングラスをソリッドに見せるのは結構難しいことだぜ

極東の島国はいつだって
形式ばかりを神経症的に継承したがる
それが工業製品なら結構な話だが
それが芸術だとしたらまったく目も当てられないよ

ここにおいで
ここにおいで
お前が本当に欲しがってるものはいつだってここにある
ちょっと触れるのも躊躇うような
おぞましいドアのノブを
えいやっと掴んで捻ることが出来れば
必ずそれがなんだったのか知ることが出来るよ
勇気っていうのは自分にこだわることばかりじゃない
まるで自分にゃ関係のないようなものを
飲み込むことだってそうだと言えるんだぜ

馬鹿みたいにページをめくることさ
そこにどんなことが書いてあったって
読まないで捨てるなんて愚行だぜ
大事なのはそこに書いてあることじゃない
それを見つめているお前がそこから何を汲み取ることが出来るかだ
くだらない連中だっていろいろなことを教えてくれる
お前がハナから目を逸らしたりしなければね

大事なのは
決して感染しないことだ
二度と治らない病気だってある
長い長い死を生きたりしたくなければ
瞳を曇らせないように見開いておくことだ
土塊がどれだけかぶさったって
生きものは少なくとも化石になることが出来るんだぜ

スニーカーが破れ始めたから買い替えたいが
靴屋はシャッターを下ろしている
控え目にノックしてみたが
誰かが鍵を外す気配は感じられなかった
人影まばらなホリディ、悪い気分じゃない
多少の歩きにくさは無視するしかないか

イヤフォンの中
ベンドして、ベンドして、ベンドして
俺の脳髄を振り回す五十年前
硝子を引っ掻くみたいなソロに混じって
俺の産声が聞こえたのは気のせいなんかじゃない

蕁麻疹のような世界を
運命が吹き抜けてゆく
ジューシーなガムを噛みながら
吐き捨てるのは忌々しい昨日の出来事さ
たどたどしい靴音がこだまする裏通り
閉じた酒場の入口の
朝まで酔っぱらった連中のすえた臭いのアート

ブレイク・オン・スルー
極限まで思考をこねくり回す連中の為に
シンプルなゴールは用意されている
そのドアを開けるのはいまじゃない
もっともっと長い月日を重ねてからのことさ
眠ったまま死んだりなんかしない
プールの底に沈んだりなんかしない
綻びだらけの太陽が懸命に上って来るうちは
じりじりと肌の焼ける音を聞きながら新しい道を探すだろう
チェック・ポイントにはキャンディでも並べといてくれ
時々甘い味が懐かしくなるんだ

助手席にカラスの死体を乗せたタクシーが
鬼気迫るスピードで通り過ぎてゆく
興味を持って止めようとしたけれど
運転手には最早なにも
その目に止めることは出来ないみたいだった
アウト・オブ・タイム
いつかは俺だって


戻せないアクセルを踏み込むときが来るだろう



自由詩 満足できない Copyright ホロウ・シカエルボク 2020-03-29 10:55:15縦
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