憧憬
たもつ

 
 
ニュージーランド、アイルランド、ポーランド、フィンランド
すべてのランドが良い所ならいいなあ
世界中の船乗りがそう思っているころ、光雄も例外ではなかった
光雄は数えで十五歳
まだろくに海図も読めなければ機器も扱えない
あだ名はペロ、幼少の頃からそう呼ばれているが
周囲にはその由来を覚えている者も少なくなった
光雄は決して船乗りではない
けれど世界中の船乗りがそのあだ名の由来を知っていて
光雄を見る度に
ペロだ、俺はその由来を知っている!と思うのだった

船で行けない所はない

それが光雄の口癖だった、そして続けるのだった
すべてのランドが良い所ならいいなあ
もちろん例外なく世界中の船乗りがそう思っている
光雄は海の無い街で産まれ育ち時々海へ行くこともある
光雄を見かけた船乗りは思う
海の無い街で産まれた育った光雄だ、あだ名はペロだ、
俺はそのあだ名の由来を知っている!
そして続けて思うのだ
すべてのランドが良い所ならいいなあ

光雄には三つ上の腹違いの姉がいる
小学生の時、新しい母親にゆっくりと連れられて来た
光雄のあだ名はペロ、でも姉だけは、みっちゃんと呼ぶ
風のような実態のない声で呼ぶ
みっちゃん、朝よ、起きなさい
みっちゃん、昼よ、起きなさい
みっちゃん、夜よ、起きなさい
そしてある日、姉は光雄に言ったのだった
みっちゃん、髭が生えてるよ!

船でいけない所はない
そう言うと光雄はいつも海側に座る
海が見えない所でも海側に座る
船で行けないランドはない
すべてのランドが良い所ならいいなあ
すっかり声変わりした声で光雄は思う

「それならみっちゃんも船乗りになればいいのに」
「ばかだなあ、船乗りは心の中にあるもの
 実在しないんだ
 実在しないものにどうなれというんだい」

光雄は今日も風と話している
むしろ光雄は風となり風といつまでも戯れている
 
 


自由詩 憧憬 Copyright たもつ 2020-03-26 23:18:31縦
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