血塗れの船で果てしない海を渡れ
ホロウ・シカエルボク


老いた肉食獣の牙のみで作られた寝台に横たわり、遺伝子に染みついた生温かい血の記憶を弄っていると、脳味噌の隙間に瞬く光がある、針の先のような小さなそれは、けれど深くまで届くような鋭さも感じさせる、俺には理由などない、欲望は全うすることについてだけ、肉体に走る電流をイマジネイションとして捕らえるだけ、そいつを記録して、この世で最高の無用の長物を作り上げるのさ、それは確かに俺の生活を侵食する、ノーマルを犯してキチガイ沙汰を植え付ける、禍々しいグラデーションの中、俺は心を乱すことなく、そいつが教えてくれることをまた書き留めるのさ、昨夜の食事には満足出来たかい?ハイもイイエも要らない、答えなんてあてにならないものさ、俺が考えることはただひとつ、リズムを壊さないなにかを代わりに当てはめるだけ、それでたいていのことは真理のように輝いて見える、意味は考えないところからだけやってくる、無意識の思考の邪魔をするべきじゃないよ、そのことだけは少し声高に言っておきたいんだ、何の為にそれに手を付けたのか?認識出来ない領域の手掛かりを掴むためじゃないか?指先が動くままに任せておくことだ、綴ることを止めるな、意味は理由はあとからついて来るものだ、そうして見る夢はとても鮮やかな色をしているよ、原色の美しさじゃない、すべての色が巧妙に交じり合ったちょっと例えられないコントラストさ、見るものによっては吐気をもよおすような色味かもしれない、だけど俺にはいつだってそれは最高の色合いに見えるぜ、いつだってね…現世は―なんて、いまじゃ真面目に口にするのもこっぱずかしい有名な一節があるじゃないか、だけどあれは確かによく出来た言葉に思えるよ、現実なんてどこにある?お手軽にそこに在るだけのものだけにどうしてそんな仰々しい表現をかぶせなくちゃいけない?おそらくそれは多数決と同じ原理さ、日和るやつらの結論は概ね愚かしいとしたものだ、どんな世界に放り出されようが、そこにどんな社会が機能していようが、感覚が捕らえるものだけが真実だ、その中に隠れているものが真理だ、そう思わないか?いや、そう思えなくたって別に構わないけどね…いや、こう聞いてみようか、そう思っていけない理由について考えてみたことがあるか―?教えてやろうか、不特定多数という曖昧で強固な自意識は他所へ行こうとする誰かの足を引っ張るのが得意なんだ、列を乱すな、きちんと並べ、ってなもんさ、まったくあいつらは、いつになったら卒業出来るんだろうね?首に縄付けて引っ張ってもらわないと朝飯すらひとりで食えやしないんだ、俺はそんなやつらを鼻で笑いながら、自分だけの遊戯にのめり込む、どんな手段を使おうと、そこには俺の名前が書いてある…そいつを受け取りに来る数奇な連中だって、俺の名前を当てにしている、俺はだから、なにか面白いことをしようといつも目論んでいるというわけさ…ところで、面白いことなんてこの世の中にはそうそうありはしない、だから、同じことをずっと続けてしまう前に少し視点を変えてみるんだ、そうするともう一度同じことをしたときにも新しい発見がある、俺はさ、やり続けるってそういうことだと思うんだよな、スタイルっていうのは結局イメージに過ぎないんだよ、スタンスは限定されるべきじゃないんだ、一本の木に一本の枝だけが生えるわけじゃない、そうだろ?様々な方向に、様々な意味を持って伸びる枝がある、そして、それらのすべてで呼吸をしているんだ、そのすべてが現実であり、そのすべてがそいつ自身だ…俺の言ってることわかるか?逸脱を怖がるなよ、軸がブレない限りそれはお前のものだ、意識にはリーチがない、どんな遠くだって届かせることが出来る、それが詩ってもんなんだ、湾曲しても、どこかで裂けても、ひとつだけあらぬ方向へ飛び出したって…お前自身がしっかり立っていればお前というひとりの人間に見えるのさ、どんなに脇道に逸れても、寄道を繰り返しても―歩いたあとで振り返ればたった一本の道ってことだ―肉食獣の牙は突然に記憶を取り戻し、俺のマットレスを滴るほどの血で汚した、俺は血に塗れながら高笑いする、これが詩だ―これが詩なんだ。



自由詩 血塗れの船で果てしない海を渡れ Copyright ホロウ・シカエルボク 2020-02-23 21:13:11縦
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