今夜、この砂浜に座って
ホロウ・シカエルボク

亡骸の幻影を抱いて
流木の間を
記憶を縫い取るように歩く

靴底を受け止める
砂浜の感触は優しく
けれど
優しさというのは
時折
無関心と同じで

巡回機のようなカモメたち
薄曇りの空を

波はアルペジオの静寂
抜き取られた鎮魂歌の小節
棺の中には誰も眠ってはいなかった

もしも世界に
もっとも正しい時の基準というものが在るなら
それは満ち引きに違いないだろう

わたしたちは呼吸をする
だけどそのことを知らない
感覚が衰え
些事に追われることに慣れている

幾人かを見送ったあと
わたしは
胎内に焦がれるようになった
それは逃避や
母への思いとは
また
違うもので

わたしはきっと
わたしを取り戻したい
波のように
適切なリズムで

目覚まし時計をすべて止めたって
同じ時間に目覚めることが出来るだろう
カレンダーの日付に
予定を書き込むこともやめにする
忘れてしまうことなんて
本当はそんなにないのだもの

宛先のない手紙なら
一番素直になれるでしょう
マイクの前に立つことがなければ
本当の声で歌えるはずでしょう

そんなことを忘れて
わたしたちはしょっちゅううそつきになる
虚飾に満ちた文章を書いたり
レベルメーターで得られる迫力をひけらかしてしまう
目を開けて
耳を澄まして
何を話そうとしているのか
もう一度
ゆっくりと考えてみて

わたしはわたしを取り戻したい
いちどもここにいたことがないわたし
けれど確かにわたしが知っているわたし

話すことは上手くない
歌うことも
聞くことも
でも大事なのはそんなことじゃない

いまは薄曇りで
夜には雨になるらしい
でもわたしは月が見たい
今夜、この砂浜に座って

びしょ濡れになってもかまわない
どうかわたしに傘を差し出さないで


自由詩 今夜、この砂浜に座って Copyright ホロウ・シカエルボク 2020-02-20 22:05:09
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