機械的な清潔の上に横たわる混沌のあらすじ
ホロウ・シカエルボク


アシンメトリーな幻覚の調和、眼球をくるむみたいに薄く広がり、俺は制作途中のアンドロイドの頭部のように身じろぎもしない…そういうとき、どんなふうに動けばいいかなんて判るやつは居るか?居やしない、賭けたっていいよ…それはともかく、その、ヴィジュアライザーな幻覚は少々俺を厄介な気分にさせた、だってそうだろう、そこからはどんな意図も読み取ることは出来ないのだ、まあ、幻覚に意図を求めたりしてるようじゃもう手遅れかもしれないけれど…別の言い方をしてみようか―敵か味方か判らない、測りかねる、ってやつさ―それは半時間は続いていた、ずっと、ここでもどこかでもないところで、でも決して俺からはそう遠くない場所でずっと続いていた、距離感、と俺は思った、距離を知ろうとするからすべてはおかしくなる、基準を持たないことだ…これを、おかしなことだと思うことをまずやめることだ…それはそんなに難しくないことのように思えた、だって、今現在俺はその只中にいるのだもの…霊を見たことがない人間が、現実に目にした途端それを信じるのと似ているかもしれない、だから俺は、それは俺がこれまで知らなかっただけで、そういうことは普通にあるのだと、誰しもに起こりうることなのだというふうに思うことにした、つまり、受け入れようとしたわけだ、その、アクティブなオシログラフみたいなその蠢きを…そうすると胸の奥で居心地が悪そうにしていた不安がすっと消えた、ただ、俺の居心地自体は良くなったわけではなかった、受け入れるということはそんなに簡単なことではない、それがどんなものでも、どんな人間でも―ずっと見つめていると自分の目がどこを向いているのか判らなくなった、無理もない、そんなものをそうして見つめ続けたことがないのだから…ああ、と俺はため息をついた、するとどうだろう、幻覚は小石を投げ込まれた川面のようにひとつの点を中心に波紋を描いて、それからもとの動きに戻った、なんだこれは―?俺の声に反応することが出来る、それはもはや現実の領域だった、まあいい…これが俺がそれを受け入れたということの結果なのかもしれない、わ、と俺は言ってみた、さっきよりも大きな声で、そこに届けてやるという意思を持って…わ、を受け取ったそれはボールを捕まえたラクロスのネットみたいに大きく仰け反り、そして返ってきた、ははっ、と俺は思わず笑った、ぶるぶると波紋が揺れながら広がった…こいつは試せる、俺は昨日書いた詩をそいつに向かって読んでみた、すべてを覚えているわけではなかったので不完全なものだったが…するとそいつはそれを食らうように津波となって押し寄せてきた、そして全身にその蠢きが広がる感触があった、俺は読み続けた、微弱な電流が身体中を走り回っているみたいだった、それは俺に魚の毒を思い出させた、そんなもの味わったことなどないが…そういう毒というイメージの話だ、幻覚はいきり立っていた、けれどそれがパフォーマンスによる興奮なのかあるいは怒りなのかという部分についてはよく判らなかった、けれどひとつだけ判ったことがあった、こいつは俺の詩が含むなにかによってこうして乱れる…俺は思いつく限りのフレーズを口にした、それは二時間は続いた、声は擦れ、吐いた唾には血が混じっていた、終わりが見えなかった、何のために続けているのか判らなかった、でもやめてはいけない気がしていた、詩は俺の口から吐き出されて振動を辿り、ただのリズムとなって俺のところに戻って来て、皮膚から飲み込まれて行った、捕食…そんな言葉が脳裏に浮かんだ、食っているのか?それとも食われているのか?腕にちくりとする感覚があった、注射針だ、俺はどこに居る?俺は叫んだ、あらん限りの声で、もはや詩ですらもなくなったズタズタの言語を叫び続けた、叫ぶたびに血液の塊が飛び出した、それでいいんだよ、誰かがそう言った気がした、あるいはそれは、俺の声なのかもしれなかった、そのまま叫び続けていれば何かが見える気がした、だけど俺の意識は突然延髄のあたりに吸い込まれていき、なにかを知っているかのように思えた幻覚も姿を消した、俺は真っ白な世界の中に居た―もうなにも叫ぶことが出来なかった、穏やかな風景だった、なにもかも真っ白だった、雪なのかと思った、でもそれは雪ではなかった、雪ではない、そこには、なにも存在していない、それだけのことだった、蠢くものも、叫ぶものも、暴れるものもなにも居なかった、ちょっと経験したこともないくらい静かで、穏やかな世界のはずだった、でも俺にはそのことがとても恐ろしかった、受け入れるんだ、なんて、訳知り顔で考えることすら出来なかった、あまりの恐怖に叫ぼうとしたが、やはりそうすることは出来なかった、そして風がめちゃくちゃに吹き、今度は漆黒の世界が訪れた、俺は諦めて目を閉じた、なにもかも阻まれる、こうして…



自由詩 機械的な清潔の上に横たわる混沌のあらすじ Copyright ホロウ・シカエルボク 2020-02-02 21:59:49
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