平成にカムバックしたい
こたきひろし

近所の薬局の前の自動販売機。
明らかに避妊具を売っていた

その前を通るのはいつも深夜だったから街は寝静まっていて
暗闇の中にぼんやりとしか見えなかったのに。

ある日自宅アパートに帰宅すると彼女に言われた。
「あたし赤ちゃん出来たみたい。検査薬で調べたら陽性だったの」

薬局の前の自動販売機の中身とは何の因果関係もないのは
明らかだった。

その時彼の頭に思い浮かんだのは遊園地の大観覧車だった。彼は観覧車から向日葵の花を連想してしまう癖が治らなかった。向日葵の種子も一緒に。

平成にカムバックしたい。
彼は切に思う事がある。
彼女の恋愛ウィルスに感染して
潜伏期を経て発症したあの時代に。

レイワなんて年号。
何だか消費者金融みたいで嫌だな。

平成にジャンプしたかったアイドルグループは
踏み台を外されたようで可哀想だし。

「それで君はどうしたいの?」
彼はいたって冷静に訊いた。
すると彼女は「直ぐに病院で確かめたい。妊娠が確定したら産みたい。貴方と二人で育てたい、に決まってるじゃないの」
と言い切った後で「貴方嬉しそうじゃないわね。どうして?」
と聞き返してきた。

微妙な空気が流れた。
そこには男と女の間の決定的な温度差があったからだ。

彼は頭の隅で考えてしまった。
近所の薬局の前の自動販売機の事を。


自由詩 平成にカムバックしたい Copyright こたきひろし 2020-01-24 07:25:21
notebook Home 戻る