三日月の瞳孔
由木名緒美

私の愛してやまないあなたはまだ子熊でした
白うさぎの純白さも持ち合わせず
ひばりの歌声も持たない
あなたは暗い穴の中で
そっと時を待っていた
痩せ細りながら
丸まりながら
凛々しい成獣となる朝日に
静かに吐息をゆだねていた

そうして春になったある緑深い日
あなたはそっと穴を這いいで
小さな心臓にめぐらせていた木の実は
とうに瞳にその刃を萌えさせていたのね
三日月の瞳孔に映す平和の山頂
私にはとうてい嗅ぎ分けられない虫達の骸
それらを潰さないよう 土に還すよう
一歩一歩を音もなく踏み出す
あなたは茶色い毛皮の山長となり
獣達はあなたを振り返る
あなたは美しい慈愛をもつ
あなたは美しい慈悲をもつ
滅びゆく枯れ山のいけにえでした

いままでも これからも
銃口はあなたを狙い続ける
それでも静かに歩みつづけることでしょう
やがて母熊となり子らに微笑むことでしょう
この山が禿げ山にされるまで
新芽が伸びいずるぎり
あなたはこの山の主となる
にんげんが踏み入れた獣道の
跡を癒しゆく最後の象徴となって



自由詩 三日月の瞳孔 Copyright 由木名緒美 2020-01-22 17:12:29
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