お鍋のなかみ
立見春香

忘れられない最終の恋を
たいせつな思い出にするなんて
自己愛が強すぎる女みたいで
ちょっと引いてしまう

陽はまた昇るから
新しいまっさらな真っ白な心で
前を向いて恋をしたって、いいんだよ
ねぇ、わたし?

ただ傷ついたほうの乳房の下の臓器が
とくんとくんと匂うように
高鳴って
わずかばかりの過去の
すいーとな部屋のできごとを
全身くまなく染み渡らそうとする

前を向く
邪魔をする
甘やかな香りの記憶。

生きることには
エラーなんてないから
みんな好きに生きていいんだけど
後ろばっかし振り返っていると
ふとした髪の毛まで白む寒い夜とか
死にたくなっちゃったり、とか、
するよねぇ、ねぇ、わたし?

お鍋でも食べて、あったまろ?
それが一人鍋だという
それを作るときの凍りつく心配は
このさい無視したままで、
ね?

湯気を立てたものを食べられれば
あったかな思い出に対抗できるという
細い糸のような
今にもちぎれそうな奇跡を
うっすらと、信じてる感じで、
ね?





自由詩 お鍋のなかみ Copyright 立見春香 2020-01-21 03:44:29縦
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