無題
朧月夜

現代ならば夜行列車ではなく、
夜行バスに乗っていく。
でも誰も、
銀河バスなんていう奇妙なものは思いつかない。
(あ、毛糸で編むのを忘れた)
(あれはあなたのための毛糸だったのに)
車窓には夢だけが流れていて、
わたしは夜の中に鎮座している。
くぐもった声のような、
わたしの脳漿のなかの思い。
たゆたっている……
(あ、毛糸で編むのを忘れた)
――
悲痛、という心がどこかにあって、
わたしの魂は重く首を垂れている。
あなたは自動運転車に乗っていくように、
わたしを去る。
それがまるでわたしのせいかのように。
(あれはあなたのための毛糸だったのに)
――
鏡を見て、そこに何があるのかを忘れた。
そこには何もないかもしれないし、
大切なものを置いていたかもしれない。
ふと車窓に目をやると、
昨日見た夢のような、悪夢のような、
彼岸の光景が広がっている。
(わたしは死んだのかしら?)
(いいえ、まだ生きている)
誰も聞いてはいない時間を、
誰も目を開いてはいない時間を、
目を見開いて見据えていた。
あの鎖のようなものは何かしら、
地から這い出る棘のようなものは?
重く、暗く、立ち込めている。
車外の悪夢が終わりますようにと……
祈りは決して通じないと、分かっていながら。
――
今ならば一人部屋のなかにいて、
誰のことも思い出さない。
積み木が崩れていく。
それは崩れてしまっても良い。
夜行バスでわたしは帰る。
その夜が怖くて恐ろしい。
わたしを取り込んでしまいそうだから。
あるいはわたしを殺してしまいそうだから。

(あ、毛糸で編むのを忘れた)
(あれはあなたのための毛糸だったのに)


自由詩 無題 Copyright 朧月夜 2020-01-19 11:03:37
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