201912第五週詩編
ただのみきや

隣家の屋根から翼のような雲が見える
朝の微睡みから覚め
膝に居座る悪夢が霧散するまで
蛹の時間
軒の氷柱の光の粒は 
瞼につめたいやわらかな真珠
木々の梢を半ば強引に愛撫する風
その風に乗って鴉が額縁の中
しばし曲芸を見せてくれる
一枚二枚と続け様に
音楽アルバムを聞き流し
窓を眺めてキーを打つ
古くから言われる通り
現は夢で夢も現と
雲間の日差しに目を細めながら
飽きもせず
煩いもせず
コーヒーの匂いが嗅ぎたくなる
年末年始の曜日の巡りと有給消化で
十日以上休暇が続く
苦手な訳ではないが
一人でいる方が好ましい
家族といるのも楽ではない
風が暴れ出す
翼はすっかり姿を消して
苦渋の濃淡が空の果てまで斑に続いている
気がつけば正午を回り
コーヒーよりもウイスキーがよくなった
厄介な荷物
からっぽのくせに
重くて取り扱いも難しい
ルールが隠されたゲームなのだろう
わたしはわしたちとわたしたちに
別れてもいるから
大概の人に寄り添えなくもないが
年を取るごとに面倒くさくなった
疲れたのか
我慢するのが嫌になったのか
生まれるとき忘れ物をして来た
そう書いた人もいる
蛹の中で変身し切れなかった
そんな者かもしれないが
違和感なく生きている人には
どうでも良い話だろう
二十五年ぶりに煙草を吸ってみた
美味い訳はないが
煙は美しかった
健康や長生き 
世間体よりも
自分の好みを追求する
生きづらくなる人が
増えるのか 減るのか
自殺者は
増えるのか 減るのか
自殺と尊厳死の境に緩衝地帯はあるのか
そこから月は見えるのか
満ちては欠け
欠けては満ちる
見つめる心の様を映して
天の軌道を巡る青白い死の広告塔
屋根の向こうの空白を
小さなフォントの群れが跳ねて往く
二杯目のコーヒーと
ポケット壜のウイスキー
交互に唇をあてる浮気性
本当は煙草を吸う女の仕草が好きで
吸殻の口紅もきらいじゃないが
全てではない
詩も音楽もなんだって
全てが好きなわけじゃないから
多数から好かれたいとも思わない
ほんの少しの
気の合う他人と
本気と冗談の
継目ないメビウスを
まるで親友や恋人でもあるかのような
即興劇で
回し合えたら
いよいよ良い酔いで
死んでいけると
思う年の瀬
神はいまだ憐みも慎みも深く
小石があるごとに躓きながら
巨岩を登って来たが
登り切る必要すらなく
見たい景色はすでに心にある
そこからモーセやエリヤのように天に上る訳もなく
いかさまは真っ逆さま
夢想の羽根をイカロスのように散らしながら
死に様はイスカリオテ
六歳の頃に家族を捨てて旅に出る夢を見た
他人しか愛せない
激しすぎる自己愛の投影に
肉親は生臭すぎた
シェイクされることで形成される
マトリョーシカの人格を想う
なんて口八丁で
遊んでいる
遊びにこそ
本性が現れる
目のない蛇のように
よくわからないぬらぬらしたもの
絶えず脱皮を繰り返す 真実の
萎びた抜け殻だ










自由詩 201912第五週詩編 Copyright ただのみきや 2019-12-31 12:08:28
notebook Home 戻る