虚舟・改稿
帆場蔵人

月夜の庭の物陰で土と溶け合い
消失していく段ボールの記憶よ

何が盛られていたのか
空洞となって久しく
思い返すことはないだろう
お前は満たされた器でなかったか
ある時は瑞々しい果実と野菜が
陽の輝きと盛られ、たくさんの手が
お前から生命の糧を拾いあげて
感謝を捧げ祈ったのだろう

またお前は舟でなかったか
人と同じく空虚を宿した

舟でなかったか

ボール紙の
波形は断崖の漣痕、そう
波間を漂う舟であった名残り
遠い祖先のDNAと
夕食の鯖が折り重なる
断層を指先でなぞれば
円やかな喜びも
指を裂く悲しみも
等しくそこに横たわり
誰かの流した涙に濡れて
確かにそこにあるのだ

生まれきた人が 齢とともに
言葉や記憶という積み荷を
少しずつおろしていくとき
舟はまた虚ろを宿していく

庭の物陰に漂着した段ボールが
土との境を曖昧に溶けてゆくとき

間に尽きて行く人の夢は
月光と風を虚に満たして
無限の海原へと舟出する


自由詩 虚舟・改稿 Copyright 帆場蔵人 2019-12-27 02:30:40縦
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