201912第二週詩編
ただのみきや

 *

青空ではなく あおそら と
くちびるに纏わる
透けた胎児 月のように

発芽を奥ゆかしくも留め置いた
――エバの種

見上げる大気の透過した青
見下ろす海の反射した青

うつくしいあおい 
     あおいかなしみの

差し招く雪肌の陰影
冬に羽化する蝶が頬の熱を奪う

爽快に狂った少女の
名付けようもない青
折れたクレヨンの失くした青

やがて爆ぜ ホトから裏返る
すっぽり包むエバの芯まで青い嘘



 **

山から川沿いに下りて来て
日暮れたころ住宅地に出没する
犬連れの群も去りすっかり人気の絶えた公園で
あちこち嗅ぎ回って軽やかに
まだ浅い雪を蹴って往き巡る

この時間帯公園は狐の縄張りになる
鼠を捉えたりゴミを漁ったりして暮らしているが
住宅地をうろつく連中の中では
毛並みもいいし尻尾もしっかりしている

首輪は知らない
自由も知らない
すべてはただ生きること
理想や娯楽が一人歩きすることはない
ただ本当に飢えるとはどんなものか
満ち足りることはどんなことか
たぶん人より良く知っている

満ちて往く月の下に狐はいる
山も街も違いはない
己がいるところ
月が見えるところを縄張りとする



 ***

やわらかな雨をくぐり
航跡を引くように香水を匂わせる獣

夢が終わりから始まるように
書き出しを探している
この雲すべて搾り尽くすまで
乾いた白紙に辿り着くことはない

河を流れる少女
約束された祝福がいつまでも
追いつくことのないまま
歌になって 海へ溶けた

聞こえない千々の囁きを
指の欠けた手でかき集め小瓶に入れる者

昼は光に透かし見て
夜はパイプに燻らせて
なにを想ったか遺書の中を歩き回る

同じようなことは繰り返し起こるが
同じことは二度起こらない

なにかに誘われる
なにかは自分
やわらかな雨をくぐり
航跡を引くように香水を匂わせる獣



 ****

目が慣れると
大きな白い蛾が飛んでいた
あなたの魂は自由に暗闇を行き巡る
麝香のような匂いをさせながら

廃棄物のように黒々と
沈黙した二つの塊
猫が爪を砥ぐ音を聞いている
鼠の心音すら聞こえるほどに

わたしたちは自分の影以外
二度とセックスしない
互いを美しい魔物として描き出し
愛の残り香を
鉛筆の濃淡に嗅いでいる



詩は沈黙する
読後の戸惑いに

詩を読む時
誰もが盲人であり聾者である



 *****

バビロン川の畔の柳の木には舌を掛け
しゃれこうべの丘には両手を架けた
今わたしの目は抉られて煮え滾る鍋の中で天を見上げ
耳は切り落とされて全ての音の向こうから来るものに欹てる
なにひとつ確かなものはない
本当に確かなものの前では



 ******

悲しみは喜びに恋をしたが
喜びの眼に悲しみは映らなかった
そんな悲しみをわたしは愛し
今もいつまでも抱きしめている



 *******

あなたは山麓の湧き水
光を乗せた澄んだせせらぎ

わたしは暗渠が吐き出す
真っ黒い水の反響

謂れのないものが突如現れたかのよう
隠された脈絡という共通点



 ********

駐車していた車にスマホを見つめながら
微笑む女装少年がぶつかって来た
彼(彼女?)は当たり屋ではなかったが 同じころ
オレンジ色のTシャツで自転車をこいでいた
少女が子猫を轢いてしまう
彼女はオリーブ色の目をしたイタリヤ人だったが 同じころ
少年が空き缶を立て離れたところから石を投げ入れていた
全部入ったら彼女を下心のあるデートに誘うつもり
彼はクリミア人だったが 同じころ
売れない詩人が占い師を訪ねたが
占い師もまた当たらないことで有名だった
「オタリアを飼いなさい」 同じころ
当たり屋のわたしに宝くじが当たる
換金に往く途中リアルに轢かれてしまい
以降当たり屋をリタイアすることになる 同じころ
霊安所で得体の知れない遺体が二体
撃った撃たれたでもめていた 窓の外では
眼帯をした金糸雀がシャンソンを歌っている 同じころ
心中しようとした恋人たち
死に方を巡る口論の挙句男は女を殺してしまう
けれど気取り屋詩人の相手は妄想だから毎度 同じこと



 *********

眠らなくなった人は起きたまま夢を見る
世界は自己の投影
出来事はその迸る流出
自我は謎を解くため理不尽へと挑み
結局は予定調和的回答へと誘われる
割り切れなかった苦い端数を欲求へ変換できれば
原動力とまではいかないが
半歩先の生まで視線は留め置かれる



 **********

その器も あの器も あふれるばかり
もう少しも秘密は入りそうにありません

居心地悪かったのか
飛び出した金魚がテーブルでぴちぴち跳ねています

午後にはお茶とお菓子 夜にはお酒
お父さんは人魚とキスしたことがあるそうです



 ************

声を嗄らして注ぎ出す歌に
走る柔肌の影
暗喩のようなあなた

わたしは目と耳を裂けるほど開き
なによりも乾くことのない傷口を無造作に晒し
まるで礼拝者が神に捧げるような面持ち

抱きしめていた
あなたの歌声を
唯一それだけが許されていた

だが歌声は風のように
両の腕をすり抜ける
傷口を激しく共鳴させながら

劇の仮面の凹凸にも似て
隆起した喜びは悲しみの陰影に掘り抜かれたもの
燃え上る夕陽もすっかり闇に飲まれてしまう

わたしは美しい宝石を飲み込んだ
それは星となってわたしの明けない夜と共にある
無邪気な振舞で覆う 自らの血で赤い表現者よ



 ************

生活を煮詰めてジャムにした
どんなにたっぷりパンに塗っても
味気がなくてしょうがない

恋を煮詰めてジャムにした
色こそきれいだが酸っぱい苦い
たっぷり砂糖を足さないと

言葉を煮詰めてジャムにした
湯気が上がってグツグツ鳴って匂いもしたが
鍋を覗けば空っぽだ

不在のジャムと白いパン
無いものを在るかのように塗り
ジャムの味がするかのように食べる

技術もそうだが
追憶と想像力が鍵












自由詩 201912第二週詩編 Copyright ただのみきや 2019-12-15 19:40:49
notebook Home 戻る