夜の果ての墓
HAL

その墓はアフリカ大陸が視える小高い丘にある
だけど墓地ではない あるのはその墓だけ

その墓には埋葬された彼の名前も
1894.5.27に生まれたことも
1961.7.1に亡くなったことも彫られていない

その墓に彫られているのはたったひとつの言葉
それは『NON !』と云うフランス語一語だけ

それが墓の場所も彫られる言葉も
彼が残した遺言を親族が従ったため

なぜあれほど彼はすべてを憎んだろうかとぼくは
遥か昔に読んだ書物なのにその憎しみを忘れられない

憎しみでしか殺せない悲しみが
この世界にあることを知っていたのだろうか

でも彼は絶望していたのではない
絶望しているものが書物など書くはずはない

苦い呪詛の言葉が綿々とつづく本だったけれど
その憎悪は正真正銘の稀なるものだったとぼくは想う

でもなぜそこまで彼がすべてを
憎んだ理由はぼくにはわからない

でも彼の物語は確かに若いぼくの胸を撃った
彼の憎悪は世界を憎むぼくの心を粉砕した
『これは文学の本ではない。人生の本だ』
『この作品は、自分の人類愛から生まれたものだ』
との自らの言葉は正しい

彼は67年間夜の果てへの旅人だったのだろうか
彼はいまでも夜の果てへの旅をしているのだろうか

愚かなぼくにはその答えは見つけ出せない
ただ墓を視るためだけにここを訪れた

献花すらも持たずただ視るためだけにここにきた
彼は献花など望まないことくらいはぼくでもわかる

ぼくは彼の愛したシャンソンを口ずさみながら
いちどだけ十字を切ろうとしたけれどやめた

献花と同じだ彼はきっとそれを侮辱と想うだろう
そろそろパリへ戻るための最終電車の時間がくる

ぼくはその墓と遥か彼方のアフリカ大陸を心に焼きつけ
なにも言わずに踵を返して遠く小さな駅へと向かう

もちろんAu revoirとは口が裂けても言わなかった





Merci Monsieur Louis=Ferdinand Celine.


自由詩 夜の果ての墓 Copyright HAL 2019-12-15 03:54:13
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