ふぐ
春日線香

ふぐをもらった
皮がとても硬いので扱いかねていたが
家庭用の鋏で簡単に捌けるらしい
表面の針をぼきぼき折って
力を込めて刃を入れると
驚くほどオレンジ色の肝がこぼれ落ちた

身もガラも肝も一緒にして
野菜を加えて水炊きにすることにした
ぐらぐら炊いているうちに出た灰汁を
お玉ですくって流しに捨てる
浮かぼうとするふぐの身を
大量のネギをかぶせて汁に沈める
いい匂いがしてくる

居間には家族が揃っている
父と母、妹、祖父
わたしはそれを隅で見ている
鍋つかみをした母が鍋を持ってきて
卓袱台の真ん中に置く
蓋を取ると湯気が上がって
祖父の眼鏡が曇った

ふぐを家族で食べながら
父はわたしに様子を聞く
最近どうだとか
友達はいるのかとか
聞きながら切り身を放ってくれる
わたしはそれが嬉しくて這っていき
口をいっぱいに開けてかぶりつく
塩辛いけどおいしい
身もガラもとてもおいしい

食べ終わった妹が横になる
父も腹を上にして横になる
母はいつまでも鍋をかき回していたが
ついに諦めて横になる
祖父はさっきから見あたらない
父と母と妹とわたし

父は笑顔だ
妹も母も同様に笑顔だ
わたしは悲しくなってきて
ふぐなんて食べなければよかったと思う
家族が居間に横になって
天井を見上げている
暖かい空気と冷たい空気が混ざって
やけに眠気がする

祖父があたりに漂っている
雨音が天井を通して聞こえてくる
カーテンは閉め切られて
家族は眠っている
わたしだけが起きていて
ふぐなんて食べなければよかった
あんなふぐなんて食べなければよかったと
泣くほど後悔しているのだ






自由詩 ふぐ Copyright 春日線香 2019-11-29 00:21:52
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