アンダースローに投げ込まれ
こたきひろし

お金がいちばんよ
手っ取り早くハッピーな気分にさせてくれるもの

食べたい物食べられるし
流行りの洋服とっかえひっかえできるし
素敵なオウチにも住めるんだから

他に眼に見える幸せってある?

不幸な出来事を出来る限り回避したかったら
お金を稼げる人ににならなきゃよね

もし
この家が貧乏のどん底に落っこちて
父さん母さんそして妹が
どうにもならなくなったら
あたし風俗だって何だってするよ

どうせあたしなんて
学校もろくに行ってないんだから
いい仕事になんてつけないし
いい人になんて廻り会える訳ないんだから
人並みに幸せなんてつかめないよ

だったら
持ってる若さと女を売ってでもお金を稼ぎたい

減るもんじゃないしさ

父親の俺は黙って聞いていた
ほんとうは
 なに言ってるんだ娘よ
 お父ちゃんがそんな事させる訳ないだろ
 お前たちをこの命と引き換えにしても守るよ
と素直に強く言いきれない
不甲斐ない父親だった

俺はまるで悪酔いした後のゲロみたいに
胸の底から突き上げてきた悲しみに
眼から涙をこぼしてしまった

それは忘れようとしても忘れられない
六十歳定年を間近に控えた日
会社から予想外の解雇通告を渡された日
夜に開かれた家族会議の場での事だった

会議の閉めに長女が言った
 安心してね。あたしお父さんにもしもの事があったら
 ちゃんとお葬式してあげるから
 でも元気なうちは何としても再就職をして頑張ってね。

 そしてお母さんや私たちにできうる限りの努力をして、負 の遺産は残さないでグッバイしてね
とキッパリ宣告された

それを聞かされて俺は
 何だよさっきの意気込みとはかけ離れた結論じゃないか
と少なからず落胆した


ああそれは
ありがたいような情けないような
複雑な気分に堕ちた
夜だった
のだが

あの時は紛れもなく現実に叩き潰されそうで
否応なく絶望の刃を喉元に突き付けられた
救われようのない自分がいたのだ







自由詩 アンダースローに投げ込まれ Copyright こたきひろし 2019-11-27 23:18:33
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