ベランダの蜘蛛
Seia

干しっぱなしで冷たくなったタオルに
小指の爪の先よりちいさく
半透明の蜘蛛が
糸を垂らしてぶらさがっていた

ひかりの加減でようやくきらめく
一本の途中をつまんで
ベランダのへりに移植した
たぐりよせて(たぐりよせて蜘蛛が
登りきったと思えば
風景に溶けてみえなくなった
そして日が暮れた

今日も生活だった
明日も多分生活で
一週間後も生活だ
その終わりのない(ある)サイクルから
蜘蛛は足音も立てずに抜けていった(ようにみえた

観測できないものが存在しないのならば
一生に一度しか会わないひとの人生は
どこへ消えていくのだろう

降りたことのない駅で降りていく
何名かの足取りの先に
帰る家は存在するのだろうか
改札を抜けるとそのまま
身体ごと溶けてしまうのではないか
階段を
踏み外しそうになるほど
意識を傾けながら
ゲートに財布を押し当てた

まわりになにもない
コンビニは深夜の手前だった
ペットボトルの
薄いコーヒーを買って
ありがとうございましたの声を聞いた
そういえば
星はみえなかった

埃だらけの公衆電話と灰皿
その脇で
鍵を探していた
もれるあかりをたよりに
かばんの中をかき回しても
何も掴めない
つめたい底
引き抜いた腕

モザイクのように
溶けかけた手をみながら
わたしが
誰かにとっての
おそらくは
あの店員にとっての
蜘蛛だったと
そこではじめて気付くのだった


自由詩 ベランダの蜘蛛 Copyright Seia 2019-11-16 20:54:35
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