恋情は火になって
こたきひろし
若くて健康な女のこが
突然髪のスタイルを変えたり
化粧を厚くしたり
口紅を血のいろにするには
それなり訳があるんだと知ったのは
十八歳の時だった
ほのかな想いや憧れは抱いていたけれど
それをけして口に出したり
素振りにさえ見せることも躊躇っていた
純情無垢な未成年者だった俺
彼女は1つ歳上の明子さん
どことなく女優のあの人に似ていた
長野県から上京して短大に通っていると
自己紹介された
親の仕送りでアパートを借りて
千葉に近い街から都心まで通学してると言う
駅からアパートまでの途中にこの店があって
アルバイト募集の看板が出てたから
思いきって応募しました
と
明子さんは言った
ハキハキとした物言いと快活な振る舞いが
俺の内向的で無口な正確にはほとんどそぐわなかったが
初対面から胸がときめいてしまった
店の若いマスターは即に採用を決めた
下町の洋食屋は開店間もない店で
コック見習いの俺とマスターの二人しかいなかった
明子さんは無邪気ないちめんを持っていた
と言うより
俺と言う存在を人畜無害な男なんだと
見下していたに違いなかった
ある日の夕方出勤して来ると
俺の前にやって来て
ウェイトレスの制服の背中のファスナーが引っ掛かってあがらないからあげて欲しいと頼んできた
俺はビックリして明子さんの後ろを見た
背中の肌が露出していてブラジャーのホック辺りも丸見えになっていた
俺はにわかに手が震えだして直ぐには触れなかった
人に見られたら恥ずかしいから早くしてくれない
と
明子さんは急かせた
その言葉に慌てて俺はファスナーを閉めていた
その直後に俺はとんでもないことを言ってしまった
明子さんってバージンなの?
するといきなり振り返って
明子さんは俺の顔を平手で叩いた
子供が生意気な口をきかないで
そして答えた
あたし正真正銘の処女よ
俺だって正真正銘の童貞だったが
それからしばらしくして
明子さんはマスターと何かと親密な関係になっていた
そしてあの日から
明子さんはいっぺんした
それまでのお嬢さんお嬢さんらしい
雰囲気から
長かった髪をショートカットにして
薄かった化粧をあつめにして
口紅は魔性の紅い色にかえていた
きっと少女は
大人になったんだろう
俺の淡い恋情は冷たい水をかけられ
それでも引きずってしまった
女々しい十八歳は
終わりかけていた
自由詩
恋情は火になって
Copyright
こたきひろし
2019-11-16 08:31:00