ハロウィンの夜、木星は見えているか
帆場蔵人

陽が次第に落ちてゆるゆると薄暗くなった町を歩いている。信号機の赤で立ち止まる。まだ青が潜むうすぐらく滲んだ空に爪のような三日月が覗いていた。じっ、と真上を見上げればそんな空しかないのだ。雲はどこか、星はどこか、闇もない。私はそこに落ちそうになる。まるで流れが澱んだ淵のように見続けてはいけない、ひろがりだけがあった。ガードレールをつかみ金属の確かさを錨にして、私は眼を閉じる。夕餉の匂い、車が道路を削っていく音、空気のながれが私を包んでいる。

ゆっくりと上向いたまま、眼を開ければ三日月の爪先がこちらに向いていた。そしてその傍らに星があった。あれは木星だよ、と私の背後を走り魔法使いの仮装をした少年が角を曲がり姿を消した。そういえば幼い頃、父に肩車されて星を眺め歩いたことがあった。仕事人間の父との数少ない想い出だ。兄も傍らを歩いていて、私達は望遠鏡を奪いあった。父は別に星に詳しいわけでもなかった。だから星座について何か聞いた覚えはない。ただあれは木星だ、という父の声が頭のなかに浮かんで消えた。星座に詳しくない父が教えてくれた数少ない言葉が今更ながらに頭に過ったのか。明日の夜、父は生きているだろうか。そして私も生きているだろうか。それは解りはしないが、明日の夜もし生きていたら父の所に行きあれは木星なのか尋ねたい。あれから三〇数年が過ぎたのを私は今さら思ったのだった。

明日にはもう木星が月の傍らに見えないとニュースを見て知ったのはそれから数時間後のことだ。いつだってそのときしか出来ない事があるのだ。そんな事を考えながら私は普段飲まない焼酎を煽って布団を被った。


散文(批評随筆小説等) ハロウィンの夜、木星は見えているか Copyright 帆場蔵人 2019-11-02 01:36:10
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