通り魔たち 3
春日線香

バスには人形が乗っていた
窓の外を眺めるのも
母に抱かれる子供も
ハンドルを握る運転手でさえ
皆、焼け焦げたマネキンなのだ







エレベーターの隅に
風船が浮いていることがある
いつも同じ風船のようだ
長い紐が垂れ下がっていて
よく乗客の頭を貫いている







目に墨の入っていない
大きな達磨が商店街に下げられ
折からの雨に濡れて
少し萎んでいるが
膨らむこともある







全身に目をつけた人が
鋏から逃げ回っている
生前の罪でもあるのだろうか
徐々に追いやられて
有刺鉄線の山のほうへ







曇り日の竹藪では
伸びてくる竹の子の
頂点が生々しく赤い
そこに火が灯ることがある







花に留まろうか
水溜りに降りようか
宙を迷ううちに蝶は
ぺろりと女の髑髏の口に
飲まれてしまう







何かを囲むようにして
無数の赤い塗箸が地面に突き立ち
その真四角の一角には
草は生えていなかった
雪すら積もることがなかった







空中を飛び交う仏壇が
時々落ちて
地面で粉々になっている
産業道路の朝







経典の文字が書かれた石が
そこで大量に出土した
雨の日などには樹の下に
脳を露出させた僧が立つという







蜘蛛の巣に
折り鶴が数羽
かかって弱っている
風下の暗い場所でのこと







捨ててある冷蔵庫の中に
水が溜まっているようだった
亀かなにかが棲んでいるらしく
夜には水音がする
時々大声で笑う







線路の枕木の間
そこだけいっぱいに
炊きたての白飯が敷き詰められ
よく見ると中央に
梅干しさえ添えてある







あとからあとから墨汁が湧くので
塀は黒々と輝き
周囲の光を吸収するようだった
かつて一家心中があった家で
市域からは離れている







スクラップ置き場では声が聞こえる
くり返されるのはたった一言
『大丈夫?』
『大丈夫?』







今ではきれいに整備されて
グラウンドになっている
死んだ力士が二人
水に膨れて流れ着いた河原







二人の女が
昔から将棋を続けていて
いまだに決着がつかない
身体は腐り果てているというのに







お歯黒をしている
と見えてその実
石炭を貪り食うので
あんなに歯が黒いのだ







洗濯物から手足が出るので
病院の屋上は閉鎖されている
中庭には蘇鉄
地下水を汲み上げた池には
真夏でも氷が浮かんだ







猫は黒いゴミ袋に入って
もう出てこなくなる
強い風が吹いてゴミ袋は
空高く舞ったあと
二度と地上に落ちなかった







電柱のそれぞれに
花が供えてあって
灯りに照らされて輝いていた
風にそよとも揺れず
時間が止まったように












自由詩 通り魔たち 3 Copyright 春日線香 2019-10-29 18:07:01
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