通り魔たち 3
春日線香
バスには人形が乗っていた
窓の外を眺めるのも
母に抱かれる子供も
ハンドルを握る運転手でさえ
皆、焼け焦げたマネキンなのだ
*
エレベーターの隅に
風船が浮いていることがある
いつも同じ風船のようだ
長い紐が垂れ下がっていて
よく乗客の頭を貫いている
*
目に墨の入っていない
大きな達磨が商店街に下げられ
折からの雨に濡れて
少し萎んでいるが
膨らむこともある
*
全身に目をつけた人が
鋏から逃げ回っている
生前の罪でもあるのだろうか
徐々に追いやられて
有刺鉄線の山のほうへ
*
曇り日の竹藪では
伸びてくる竹の子の
頂点が生々しく赤い
そこに火が灯ることがある
*
花に留まろうか
水溜りに降りようか
宙を迷ううちに蝶は
ぺろりと女の髑髏の口に
飲まれてしまう
*
何かを囲むようにして
無数の赤い塗箸が地面に突き立ち
その真四角の一角には
草は生えていなかった
雪すら積もることがなかった
*
空中を飛び交う仏壇が
時々落ちて
地面で粉々になっている
産業道路の朝
*
経典の文字が書かれた石が
そこで大量に出土した
雨の日などには樹の下に
脳を露出させた僧が立つという
*
蜘蛛の巣に
折り鶴が数羽
かかって弱っている
風下の暗い場所でのこと
*
捨ててある冷蔵庫の中に
水が溜まっているようだった
亀かなにかが棲んでいるらしく
夜には水音がする
時々大声で笑う
*
線路の枕木の間
そこだけいっぱいに
炊きたての白飯が敷き詰められ
よく見ると中央に
梅干しさえ添えてある
*
あとからあとから墨汁が湧くので
塀は黒々と輝き
周囲の光を吸収するようだった
かつて一家心中があった家で
市域からは離れている
*
スクラップ置き場では声が聞こえる
くり返されるのはたった一言
『大丈夫?』
『大丈夫?』
*
今ではきれいに整備されて
グラウンドになっている
死んだ力士が二人
水に膨れて流れ着いた河原
*
二人の女が
昔から将棋を続けていて
いまだに決着がつかない
身体は腐り果てているというのに
*
お歯黒をしている
と見えてその実
石炭を貪り食うので
あんなに歯が黒いのだ
*
洗濯物から手足が出るので
病院の屋上は閉鎖されている
中庭には蘇鉄
地下水を汲み上げた池には
真夏でも氷が浮かんだ
*
猫は黒いゴミ袋に入って
もう出てこなくなる
強い風が吹いてゴミ袋は
空高く舞ったあと
二度と地上に落ちなかった
*
電柱のそれぞれに
花が供えてあって
灯りに照らされて輝いていた
風にそよとも揺れず
時間が止まったように
自由詩
通り魔たち 3
Copyright
春日線香
2019-10-29 18:07:01
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