夜明け前の雨
山人

 昨日も妻と出かけた。
山仕事を予定していたが、連日の激務で疲労がとれず、雨でもあり、出たくなかった。
相変わらず、近くの無人駅の二階の蕎麦店は繁盛し、市境峠の手書きの看板で客を待つ蕎麦店には客の気配はなかった。
繁盛蕎麦店は流行るだろうと客を待ち、客の来ない蕎麦店は今日も来ないだろうと思いながら店を構えているのだ。どちらも経験したことがあったからわかる気がした。
 一時間かけて用を足し、近くのラーメン店で昼食とした。昼時で順番待ちとなるが、さして待つことは無かった。
威勢のいい大将は若いがまだ三十くらいだろうか。あとはさらに若いスタッフで持ち回りの仕事をこなしていた。
食欲は特になかったが、雑味の無い多彩な出汁から発せられる奇妙な深い味が最後まで私を飽きさせなかった。また、そのスープに太麺が絡み合い、一つの作品に仕立て上げられていた。
 帰りの途中、長男が帰省するとのことで妻はスーパーに立ち寄り、私は自分の山作業用の食糧を買った。
その昔、次男がまだ小さいころ家族で来たことがあったスーパーだったが、もう十五年くらい前だったのであろうか。
それから後だったか、アルバイトで近くの道路で交通誘導員をしたこともあった地だった。
なにかに怯えながら必死で日銭を稼ぎ、捨て身で日々を過ごしていたころだった。
 自宅に着く四十分ほど前、乱視が酷くなった私のために妻がメガネ屋に寄ろうという。あらかじめ下話をしてあったという事で気さくに店主は妻と会話を始めた。まだ三十代であろうか、若い店主だった。
色んな視力を計測する機械があり、そこに顎を乗せて、こっちが見えやすいとか、ボケているとかの会話をしばし行った。
遠近両用眼鏡を入手するつもりだったが、乱視のものを注文した。
 家に戻り、しばらく休んでいたが雑用をすることとした。
前掛をし、仕事を始めるとくすぶっていた思考に徐々に火がついてくる。
なにかを行う前に準備をする、身支度を整える、これをやることで労働への覚悟が決定されるのだ。

ここのところ、早めに眠気が訪れる結果、深夜過ぎに尿意で目覚め用足しに行くことが目立ってきていた。
今日も深夜に行き、再び三時にまた起きてしまった。
外に出て、別宅の仕事場に行く途中、雨は降っていなかったが、また屋根を打つ音が聞こえ始めている。
 今日も予報は良くないが、山の作業に向かう日は限られている。たぶん多少の雨でも行くべきなのだろう。
昔だったら、雨風関係なく向かうと決めたら向かった自分だったが、あれから体は病み、荷と共に不安をも背負っていかなくてはならなくなった。
外はまだ暗い。そして次第に夜は明ける。
雨の音はしなくなっている。


散文(批評随筆小説等) 夜明け前の雨 Copyright 山人 2019-10-27 04:37:18縦
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