信長の「敦盛」
日比津 開

舞などまったくできない私だが
一つだけ舞いたい作品がある
織田信長が桶狭間の戦いの出陣前に
舞ったとされる幸若舞「敦盛」だ

「人間五十年 下天の内をくらぶれば
夢幻の如くなり
一度生を得て 滅せぬもののあるべきか」

これだ
詞の内容は、人の世の五十年の歳月は
下天の一日にしかあたらない
夢幻のようなものだ、ということ。
無情を唄う、静かで内向的な舞のように
感じるが、これを信長がどう舞ったか?

映画やドラマで演出が違うが、たぶん信長は
『死んでやれ』と悲愴な決意を固め、気力を
振り絞った見事な舞だったに違いない
尾張に侵攻してきた敵の今川義元の兵力は
約二万五千であるのに対し、信長が動員できる兵は
わずか二千から三千程度だった
普通なら勝てる筈がない
結果は、ご承知の通り
この戦いの勝利を機に信長は天下取りの階段を
駆け上がっていく

もし僕が同じ立場に置かれ、敦盛を舞ったら
ひどく気落ちし、諦めの観念となり
籠城し切腹した上滅んでいっただろう
そこが英雄と凡人の違いだ
信長は比叡山延暦寺の焼き討ちや長島の一向一揆での
大量虐殺などで悪魔的な面があるが
この舞や茶の湯を好んだこと、安土城の天守に描かせた
壁画などを見ると特別な美意識のある人だったように思える

武将として強い信長も良いが、そういう芸術家的な側面を持つ
信長が僕は好きだ
本能寺の変がなかったら、どんな世の中になったか?
もっとも、本能寺で遺骨など跡形もなく消え去ったのが
信長らしい
信長が舞った「敦盛」をとても真似できるものではないが
僕も一度舞ってみてどんな心情になるか、試してみたい


散文(批評随筆小説等) 信長の「敦盛」 Copyright 日比津 開 2019-10-26 14:16:09
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