通り魔たち
春日線香

風はプールを波立たせた
濁った水底には幾人もの女が沈み
ゆったりと回遊している
着物の裾を触れ合わせながら
言葉も交わさずに







青いゴムホースで縛られた家
血管のように水が通っている
夜の間にだけ現れて
猫が出入りする







饐えたゴミ捨て場に群れる
カラス
野良猫
ハエや虫けら
それから髪を引きずる
なにか得体のしれないもの







妊婦の腹のような
鞠状のものがぶつかるので
壁にはうっすらと
茶色い跡が残っていた







坂下のどん詰まりに
桜の古木があって
黄昏時に木肌に触れると
人間の舌のような風が
耳元を吹き過ぎるという







地蔵の頭上を
飛行機雲が伸びていく
その束の間にだけ
地蔵は忿怒の表情をする







ブロック塀の穴に
みっちりと肉が詰まっていた
轢かれた空き缶が
内臓をはみ出させているのも
そう珍しくない







運ばれていく事故車の上に
小さな獅子舞が舞う
華やかに紙吹雪を撒いて
空中を上下に
無音のままで







電柱の高いところに
ビニール袋が引っかかっていて
その中で蛆混じりの赤土が
延々と何かを呟いている







人が飛び降りた後の地面を
馬ほどのタツノオトシゴが
長い舌で舐めにくる
つられて何匹か次々と







雨が降って
捨てられた骨壷が
白い中身を吐き出している
バスターミナル







片隅の井戸は
何度さらっても髪が出るので
長年閉鎖されている
嵐の晩にはその下から
宴会の音が漏れ聞こえる







藤棚の砂場から
這い出てくる子供たち
羽化するための
適当な高さの木を探して
町をさまよい歩く







入道雲になって
歩いている男が
火葬場の煙突を
ちゅうちゅう吸っている







首の周りに
赤い布を巻きつけたような
そこだけ血まみれになった白馬が
電線を伝って走っていく







どの窓にも顔が映し出されて
等しく激怒の表情を浮かべているが
何に怒り
何に絶望しているのか
自分にもわからないのだ







高い木の枝から
様々な年齢の男女の
胴から下の部分が吊られている
どれも裸で性器がある
鳥のいない雑木林







猫の死骸は常に変わる
緑色に苔生していることも
骨になって散らばっていることもある
時々は生き返って
餌をねだりに行くこともあった







鏡は砕けて散らばり
方々で同じ顔を映す
顔は軽く口を開けている
そこから甲虫が這い出る
何匹も







焼けた金木犀が片付けられて
そこは小さな駐車スペースになった
もう何十年も前のことなのに
まだ香りが漂っている
秋の暖かい日










自由詩 通り魔たち Copyright 春日線香 2019-10-19 23:33:44
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