なんとか生きている
帆場蔵人

ボタンを掛け違えちゃいけませんよ

なんにしても些細な事から
間違いは起きるんですから

言葉が頭に刷り込まれている

ひとつ、ふたつ、みっつ、と
数えていく、掛け違えたボタン
どれだろうか、別れた人達や
割れた茶碗、受からなかった
大学の受験票、バンパーの凹み

どこから掛け違えたのか
ひとつ掛け違えたらすべて
狂っていくのは必然だ

ボタンを掛け違えちゃいけませんよ

なんにしても些細な事から
間違いは起きるんですから

亡霊が頭に入り込んでくる

ひとつ、ふたつ、みっつ……
どれだけ手繰っても掛け違えた
ボタンがみつからない、もしかしたら
掛け違えていないのかもしれない

僕は亡霊に問いかける

生まれつきボタンが掛け違って
しまっていたなら、間違いは
最初から起きていてそれは

もう、手遅れじゃないか
祖母に、父に、母に、兄の
亡霊に、言葉に問いかけ

朝霧のなかをさまよい
夜の波音を追いかけて
川を遡行していくのだ

ボタンを掛け違えちゃいけませんよ

言葉が壁に、高いダムになり、阻まれる
堰き止められた源流は今や飽和して
嵐を待っている、決壊せよ! 決壊せよ!

避難勧告のアラームが唐突に鳴る

亡霊を吐き出し、言葉を意味を降らせよ
亡霊を轢き潰し、言葉を意味を破壊せよ
亡霊の軛を壊し、言葉を意味をみつけよ

禁煙を破って煙草を吸えば喉と肺が
途端に軋み始める、生きているのだ

ボタンを掛け違えちゃいけませんよ

なんにしても些細な事から
間違いは起きるんですから

ひとつ、ふたつ、みっつ、間違いが
積み重なって訪れる幸福だってある
あるいはどちらか解らない死に方も

ひとつ、ふたつ、みっつ……
緩んだ蛇口から垂れる排水口へ
掴みかけた意味が呑み込まれて
いく明日に向かうでもなく

亡霊たちは一様に口を開けて
言葉の雨を受けて再生する
その形を微細に変えていく

台風一過の朝、洗い流された全てを前に
私もまるで亡霊のように朝陽を浴びている
微細に変わり続ける細胞の歌を聴きながら

その全てが私であり、間違えなどない
生まれつきボタンを掛け違えてたなら
それが僕なのだ、その歪さこそ人間だ

ズレている植木鉢を元に戻して
灰に変わっていく光を吸い込み
僕は激しく咳き込んでしまった


自由詩 なんとか生きている Copyright 帆場蔵人 2019-10-18 21:30:38縦
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